閑話 お花見と桜餅
さて、祟ってる奴に楽しいことを増やしてやろう月間だ。年間になるかもしれないけど。
『なあ、花見行こう花見、明日か明後日』
「お花見? 明日?」
朝飯のときに言うと、祟ってる奴は目をぱちくりした。
「いや、でも、急に言われても仕事あるし、遊ぶのはちょっと」
桜の咲き具合を見ながらだったから、ちょっと唐突に言い出すことになってしまったが、仕事とのやりくりのあたりはちゃんと考えてある。
『だからさ、昼に一時間か二時間だけ。昼飯弁当にしてさ、お菓子も持ってってさ、スーパーの先にある公園で食べるんだ。明日か明後日くらい、桜だいぶ咲いてると思うぞ』
「あー、なるほど……」
祟ってる奴は、顎に手を当ててうなずいた。多少は心が動いたようだ。
『平日の昼間なら混まないだろ? コロナもここんとこ心配ないだろ?』
「確かに、そうだね」
『近場で昼飯食うだけだから、そんなに仕事にも響かないぞ。今の季節、外で飯食ったらぽかぽかであったかいぞ」
「でも、うちブルーシートとかないよ?」
『ベンチあるぞ、桜が見えるとこに』
「下調べが入念……」
祟ってる奴はつぶやいた。半分は星野さんに聞いた情報だけど、桜がよく見えるところにベンチがあるのは、見に行ったから確かだ。
祟ってる奴は笑った。
「じゃ、明日行こうか?」
『よし、じゃあ明日は弁当作るぞ! 何か食いたいものとかあるか?』
「じゃあ、できたらでいいけど、こないだの揚げない唐揚げ入れてくれない?」
『わかった!』
そういうわけで、次の日の十二時前、タッパーにおにぎりとおかずを詰めて、ついでにおやつも持って、祟ってる奴を連れ出した。
よく晴れた青空で、空気も温かい。意気揚々と歩いていたが、途中で大変なことに気づいた。
『あ、やばい!』
「何? どうした?」
『飲み物何も用意してない!』
水筒か何か探せばよかった。なた豆茶でもこいつの好きなコーヒーでも、詰めてこれたのに。
「途中でスーパーの前通るし、そこでお茶買おう。それくらいおごるから」
そう言われたので、いつものスーパーに寄った。
ペットボトル売り場に行ってお茶を選ぶ。レジに行くときに、祟ってる奴が売出し中の棚のお菓子を手に取った。
「お花見だし、これも食べる? おごるよ」
桜の葉で包んだ、桃色のお菓子。桜餅。
一瞬、どきっとした。
「あれ? 千歳、和菓子嫌い?」
『い、いや、好きだ。欲しい』
一度バラバラになって、核だけになってから、昔のことを思い出せるようになった。ピンク色の甘いお菓子を見て連想したのは、桃のこと。
「四つあるからさ、ひとつくれない? 俺も春っぽいもの食べたい」
『うん』
ワシ、桃に拒否されて死んだなあ。話したかっただけなのになあ。
どうすれば、拒否されなかったんだろうか。どうすれば、あんなこと言われなかったんだろうか。
栄えていた江戸とはいえ、甘いお菓子はそれなりに貴重で、多分下働きだった桃がいつでも食べられたかというと、かなり怪しい。桃は、お菓子を差し入れてくれる時、いつもたくさん持ってきてくれた。
……ひとつくらい分けて、一緒に食べようって言えば、もう少したくさん話せたのかなあ。あの時も、あんなに拒否されなかったのかなあ。
ワシは、祟ってる奴の袖をちょっと引いた。
『なあ、ワシのチョコミント、たまに分けてやろうか?』
祟ってる奴は、意外そうな顔をした。
「え、いいの? 千歳好きなのに?」
『たまになら、いい』
「あー、じゃ、疲れてる時とか、一口もらうかも……」
祟ってる奴は、頭をかいた。
こいつには、最後に桃に言われたようなこと、絶対に言われたくないなあ。
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