番外編 本当にお前を助けられる?
悪霊をどんなに殴ってもどんなに引きちぎっても、祟ってる奴が出てこない。もう訳が分からなくなりながら、悪霊をタコ殴りし続けた。悪霊の核の霊の気配が出てきたので、それらしいところを掴んで思い切り引き抜く。悪霊を作っていた幽霊たちが統率を失ってばらばらになり、消えて、そしたらようやく祟ってる奴が転がり出てきた。
『おい! 大丈夫か!? おい!!』
いつもの大きさに戻り、ぐったりと目をつぶっている祟ってる奴を助け起こす。
あったかい、息してる、生きてる。
ほっとして大きくため息を付いた時、悪霊を引き倒した空き地に何台か車が急停止した。車から、南とかいう尼さんと、金谷が普段着ている黒くて動きやすそうな格好の人間がバラバラ出てきた。事情を知ってる奴らか?
ワシはそいつらに叫んだ。
『おい、救急車とか呼んでくれ、こいつ生きてるけど起きないんだ!』
南が駆け寄りながら返事してくれた。
「今呼びます、他の人たちも助けないと!」
南の後ろの人間とたちが、スマホを出してどこかに連絡したり、悪霊に捕まってた倒れた人たちに駆け寄って助け起こしたりしはじめる。南の使い走りの狐の霊もあちこちに散って倒れた人の様子を確認している。空き地に三十人くらい倒れているので、手が回らなさそうだ。
でも、悪霊に捕まってた人たちは深刻なことはされてなかったみたいで、うめきながら起き上がる人達も出てきた。その人たちは皆きょろきょろし、そして今のワシを見てびっくりしたり、小さく悲鳴をあげたりしている。
その中に、祟ってる奴を三十歳くらい老けさせて恰幅を良くしたような男がいた。ワンテンポ遅れて隣で起き上がった女の人は、痩せて細身で、顔の輪郭が、なんだか祟ってる奴と似ている。これは多分……祟ってる奴の親だ。
こいつの親が助かっててよかった、と一瞬思ったけど、こいつが悪霊に捕まった時、ワシに流れ込んできた感情のことを思い出して、体が固くなった。
あいつら、悪い奴だ。あいつらが悪いことで稼いだせいで、こいつすごく悲しくて辛かったんだ。あいつらのせいで、こいつは生まれてこなきゃよかったと思ってたんだ。あいつら、悪い奴だ。
祟ってる奴の父親が、ワシを見て、それからワシが祟ってる奴を助け起こしてるのを見て、当惑した顔で立ち上がった。
「ど、どういうことだ? え、お前、豊……豊か!? どうしたんだ!?」
そのまま、ふらつきながら近づいてくる。母親の方も、すぐには立ち上がれないながら、甲高く耳に触る声で叫んだ。
「豊ちゃん!? どうしてそんなのといるの!?」
ワシは、思わず祟ってる奴の体を抱きしめた。こいつに悪いことする奴には、近づけさせない。絶対。
『来るな! こいつはワシのだ! こいつ、お前らのせいですっごく辛かったんだぞ! 生まれてこなきゃよかったって思ってたんだぞ! お前らが全部悪いんだぞ!! 来るな! あっち行け!!』
ワシは一回り大きくなり、片腕で祟ってる奴をしっかり抱きとめながら、もう片腕をぶんぶん振り回した。他の人間たちに指示を出していた南がすっとんできた。
「落ち着いてください! 人間には危害を加えないでください!」
南だけじゃなく、南の使い走りの狐の霊たちがワシを押さえる。そうだ、他の人間を傷つけたら、祟り続けられなくなるかもしれないんだった。
南も狐の霊もひと払いで吹き飛ばせるけど、ワシはとりあえず暴れるのをやめた。でも、すごく怖い顔を作って、祟ってる奴の親をにらみつけて怒鳴った。
『あっち行け! お前ら嫌いだ! こいつに近づくな!』
和泉の父親は、どうしていいかわからないという顔で立ち止まり、ふらついてその場に座り込んでしまった。
遠くからサイレンが聞こえた。救急車だ。南が言う。
「すみません、千歳さんの存在が広まると困るので、人間の姿になっていただけませんか、適当でいいですから!」
『え? ええと、これでいいか?』
あんまり救急隊の人をおどかさないほうがいい。ワシは、とりあえず十八歳くらいの女の格好になった。
少しして、救急車が二台くらい空き地の脇に止まり、次々と救急隊の人が降りてきた。
「意識のない人優先です!」
「後からまだ救急車来ます!」
意識のない人優先、じゃあ祟ってる奴をすぐ見てもらえる!
『こいつ! こいつ目を覚まさないんだ!』
叫ぶと、救急隊の人がすぐに何人も来て、祟ってる奴の脈を取ったり息を確認したりした。ワシにもこいつの様子をいろいろ聞きつつ、祟ってる奴をさっと担架に乗せてくれる。救急車の中に運ばれる担架についていきながら、ワシは救急隊の人にすがるように聞いた。
『大丈夫だよな、こいつ目覚ますよな?』
「脈と呼吸はひとまず異常ありません! 外傷もぱっと見は大丈夫ですが、確かなことはこれから調べます! 一緒に乗ってください!」
後ろから声が聞こえた。
「ま、待ってください、私達も! 親なんです!」
祟ってる奴の父親だった。ワシはものすごくそいつをにらみつけて、来るなと怒鳴ろうとしたが、他の救急隊の人が来て立とうとする父親を制した。
「すみません、あなた方も後からの救急車に乗っていただきますので、状況をお聞かせください!」
祟ってる奴の母親も同じようにされていて、ヒステリックに叫んでいた。
「やめてください! 西洋医学の薬なんて毒はいりません! 家に帰れば自分で治せます!」
……祟ってる奴が辛かった理由の一端を見て、ワシは思わず担架に横たわる奴を見た。
こいつを悪霊から助けられた。でも、今は悪霊から助けられたけど、ワシは、こいつの「生まれてこなきゃよかった」から、こいつをちゃんと助けられたんだろうか? 助けられるんだろうか?
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