あなたとちゃんと話したい
地響きとともに、ものすごい揺れが襲った。俺は地面に投げ出されそうになったが、黒い悪霊が触手を出して受け止めてくれた。
いつの間にか、体の縛めが解かれていた。悪霊はなんだかおろおろしたようにキョロキョロしている。というか、遠くから何かがちぎれるようなブチブチという音が聞こえるのだが……。
悪霊はしょぼくれたように言った。
「こわいの きた」
「こ、怖いのって?」
「おんりょう」
「怨霊……え、千歳!?」
千歳、この悪霊の居場所突き止めて追いかけてきたのか? 確かにそれは、金谷さんたちに千歳が求められた役割だけど。
悪霊は、上下に伸び縮みしてから困った声を出した。
「いま わたし ちぎられてる」
「ちぎられてる!?」
何してるんだ千歳!?
ふと気づけば、なんだか周りの空間が狭まっている気がする。というか、捕まってた人たちのほとんどが見当たらない。何が起こってるんだ? ここ、夢の中の世界に似てるけど、悪霊がちぎられたら、ここにも影響が出るってことか?
「いま ここだけ つよくまもってる わたし もっと はなしたい」
悪霊は触手を二つ出し、それを振り回しながら言った。
「わたし はなしたい おまえと もっと おかあさんの はなし おまえ わたし おなじ おなじひと はじめて はなしたい」
……この悪霊は、俺の両親の被害者の被害者らしいと思ってた。俺の両親に、この悪霊のお母さんがおかしくされたんだろうか?
……俺は、母親がおかしくなって、母親に影響されて父親もおかしくなって、そして自分の生活と交友関係もおかしくなって……。
この悪霊は、もしかして俺と同類なんだろうか?
「……。いいよ、話せるよ、話そう。でも、こういう形じゃなくて、もっとちゃんと話せないかな」
「ちゃんと?」
「こんなふうに、いろんな人捕まえてじゃなくて……普通にさ、人間と人間としてさ」
「ふつうに」
悪霊は、白い目を瞬いた。
「あのさ、あの人たちをあんなふうに捕まえたくなる気持ちはわかるけど、あの人たちのした悪いことは、こういう形で断罪すべきじゃないと思うよ。もっとこう、法律とかでやったほうがいいと思う」
「……。それは そう かも」
悪霊は、振り回していた触手を自分の体に巻きつけた。多分、腕組みして考え込んでいる。
「だからさ、君、普通に戻ることはできない?」
「ふつう?」
「誰かをさらったりしないで、普通に話せる形」
千歳ほど友好的ではなくても、誰かを襲ったり脅かしたりしなくなるのであれば、そうしたら、俺はこの子と過去について話すのにやぶさかではない。
悪霊は、俺をじっと見て、それからうなずいた。
「……やって みる」
「お願い」
「また あえる?」
「会おう、会って話そう。その時はお茶でもおごるよ」
言ってから、この悪霊が千歳みたいに飲食できるとは限らないことに気づいたが、まあ俺の気持ちは伝わるだろう。
悪霊の輪郭がゆらめいた。その向こうに、前に道を聞いてきた小さい女の子が見えた。
「ありがとう」
黒い不定形の世界が割れ、光が差した。視界が白にあふれ、俺は、何も見えなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます