自分の体を見つけたい
ふと気づくと、白い廊下、白い天井の空間にいた。かなり長く続く廊下だ。
白衣の男女が忙しく立ち働いている。聴診器らしきものを首からぶら下げている人もいる。ここは……病院?
あたりを見渡すと、入院患者らしい寝間着の人もいた。廊下が広いし、並んでいる部屋の数が多いし、かなり大きい病院のようだ。
いや、何で俺こんなところにいるんだ。悪霊と話して、目の前が明るくなって……。なんで病院にいて、しかも放置されてるんだ?
「あの、すみません」
とりあえず、近くにいた看護師さんに声をかけた。だけど、無視された。
「すみませんってば」
聞こえなかったのかと思って、声を張り上げた。でも、けっこう人通りがあるのに、誰もこちらを見ない。
カートを押しながら歩く看護師さんが全く俺に頓着せず早足で近づいてきたので、避けようとしたが避けきれず、足をカートで轢かれ……え、すり抜けた!?
びっくりして足を確認しようとした時、医師らしき人が俺にぶつかりそうになり、でもぶつからずにすり抜けた。
え、え、どういうこと!? 俺、今、実体ないの!? なんで!? あの悪霊、俺のこと無事に放してくれる雰囲気だったじゃん!!
混乱したが、悪霊と話したところが夢の世界らしきところだったのを思い出した。千歳の話しぶりだと、夢の世界って魂だけで入って動いてるみたいだから、悪霊に開放された後、俺の魂だけうまく体に戻れなくて分離しちゃったのか?
いやいやいや、冗談じゃない。自分の体探さなきゃ。死んでないよな、俺の体?
俺はあわてて歩き出し、あちこちを見て回る。ここは、どうも内科かなにかの入院病棟らしいのだが、ワンフロアが一つの科の入院病棟らしく、建物自体には他の科の入院病棟もあるようだ。ワンフロアが広いし、窓の景色からしてここはかなり高い階のようなので、たくさんの科があると思われる。
多分俺の体は意識不明だから、心配されて病院に運ばれたんだろう。俺の体がある病棟を特定して、その病棟の入院患者の部屋を虱潰しに探せば俺の体にたどり着くとは思うのだが、全部の病棟を調べたら、一体どれだけ時間がかかるやら。
落ち着け、病院なら、外来なり、面会者の受付なりがあるはずだ。そこに行けば、建物全体の案内板くらいあるだろう。それでおおかたの見当をつけよう。
俺は、エレベーターがある場所を探し、一階に降りるエレベーターに滑り込んだ。エレベーターが開くと、予想通りというか、外来に来ているらしい人たちがあふれたフロアだった。
急いでエレベーターを降り、フロアをうろついて案内を探す。多分意識不明の俺の体。意識不明の人間が運ばれそうな病棟はどこだ?
病院玄関からすぐ目に入る壁に設置されたフロアガイドのパネルを見つけ、近くに寄る。救急外来もやってる病院らしい。救急病棟はどこだ? それとも、救急車が入る玄関を見てみるべきか?
悩んでいたら、フロアガイドの前を見覚えのある姿が通った。南さんと、それに連れられた、千歳。いつもの、女子大生くらいの格好をしている。
「千歳! 助かった! 俺幽体離脱しちゃったんだよ、俺の体どこか知らない!?」
駆け寄って大声で聞いたが、看護師や医師と同じようにスルーされた。え? なんで? 千歳霊感あるんじゃないの?
南さんも霊感あるはずなのに、まったくこちらに反応を示さない。千歳は、ずっとしょんぼりした顔をしていた。
『なあ、あいつ大丈夫かな? どうして目を覚まさないんだろう?』
「お医者さんにもまだわかりませんからね……でも大丈夫ですよ、怪我はないようですし、頭も打ってないそうですし。何かあれば連絡してもらえるようにしてありますから。とりあえずお茶でも飲んで、少し休みましょう」
『うん……』
「入院になるようでしたら、いろいろ入り用ですし、連絡待ちということで、しばらくここで待たせてもらいましょう。あそこにベンチありますよ」
『うん……そうする』
千歳は肩を落としっぱなしだ。南さんが自販機の近くのベンチに千歳を連れて行く。俺はそれを追いかけてまた呼びかけたが、二人には全く反応がない。まったく知覚されていない。
どうしよう、霊感ある人たちでも、生霊は別なんだろうか。いや、そもそも幽霊になれるのが低確率だし、魂が存在していても、幽霊未満だったり、他人に知覚されないことの方が多いのかもしれない……。
とすると、なんとか独力で体を探して戻るしかない。俺の体がこの病院にいるのは確からしいし、検査も多少してるみたいだから、多分、救急病棟だろう。
すぐに行こうと踵を返したが、千歳があまりにも元気ないので、気になって、もう一度振り返った。
南さんが千歳に優しく話しかけている。
「お代出させていただきますよ、どれがいいですか?」
『……じゃあ、ココア』
南さんは財布を取り出し、自販機で森永ココアの缶を買った。どうぞ、と千歳に渡すが、千歳は、『ありがとう……』と言うものの、缶を開けようとも飲もうともせず、ずっと暗い顔のまま缶を弄んでいる。
千歳は、ぼそっと言った。
『ワシ、どうしよう』
「大丈夫ですよ、和泉さんならすぐ目を覚ましますよ」
南さんは千歳を励ますように言った。
『でも、ワシ、ワシは、アイツのこと助けられてないかもしれない……』
千歳の目から、大粒の涙がこぼれだした。
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