お礼だけでも伝えたい
黒い手に掴まれた足は冷たく痺れ、感覚がなくなった。虚空から、次々と黒い手が出てきて、ふくらはぎに、太ももに、胴に巻き付いてきた。
『くそっ、遅かった! この、来るな、あっち行け!』
千歳が俺に巻き付く数多の黒い手を片端から引きちぎるが、黒い手がどんどん出てきて俺の体を掴むスピードに追いつかない。
金谷さんがあわてて叫んだ。
「く、車止めてください!」
車が急スピードで曲がってどこかの路地に入る。千歳が必死で俺の体から黒い手を引きはがすが、もう俺は鎖骨辺りまで黒い手たちに巻き付かれてしまった。
体の感覚が、痺れて消えていく。黒い手につかまれたところから、何かが急速に流れ込んでくる。これは、これは、恨み、苦しみ、悲しみ……。
病苦と、大事な人を変えられてしまった悲嘆。そして、遠くから聞こえてくるのは、まだ子供の声の「こいつらがいなくなれば、お母さんは目を覚ますかも知れない」という言葉。ああ、今回の悪霊、やっぱり両親の被害者だったんだ。
それなら、俺も恨まれて当然だな、大悪人の息子だもん。それに、子供の頃の俺が母親に協力しなきゃここまでならなかったもんな。母親がおかしくなったのがすべての始まりで、母親がおかしくなったの俺のせいだもんな。俺、やっぱり生まれてこなきゃよかったな。
黒い手が体を締め付ける。うまく息ができない。目がかすむ。
『おい、しっかりしろ、絶対助けてやるから!』
千歳の声が遠い。すぐそばにいるはずなのに……。
俺は、もうダメだと思った。うめくように、最後の言葉を絞り出した。
「千歳、ありがとう今まで、子供作れなくてごめん」
『何言ってるんだ! おい!』
黒い手が視界を塞ぎ、俺は何もわからなくなった。
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