番外編 悪霊蠢動

 お母さんを変えてしまった奴らを全部つかまえてやる。

 あいつらがいなくなれば、お母さんは元に戻るかもしれない。


 お母さんは優しかった。よく熱を出す私をいつだって世話してくれた。食事もいつも特別なものを作ってくれた。

 でも、私を治すためにいろいろな方法を調べたお母さんは、変わってしまった。食事はすべてヴィーガン向けのものになり、お医者さんがくれる薬も、薬局で買える薬も、毒だというようになった。

 頭が痛いとかお腹が痛いと言っても、お母さんは痛み止めをくれなくなった。かわりによくわからないアロマオイルを飲まされるようになった。全然効かなかった。というか、ネットで調べたら、アロマオイルは飲んじゃいけないと出てきた。

 漢方薬を飲まされることもあった。でも、後でネットで調べてみたら、症状と全然見当違いの漢方薬だった。

 でも、言う通りにしないとお母さんが「あなたのためよ!」と、とても怒るので、何も言えなかった。

 お母さんは、世界のあらゆるものが敵になってしまった。ワクチンの全ては人口削減のためで自閉症を引き起こすというようになった。私を守るためと言って、新型コロナワクチンの接種券は届くはしから破いて捨ててしまった。私は、コロナにかかって苦しい思いをするのは嫌だから、受けたかった。

 お母さんは、親切な人からイベルメクチンという薬をもらったと言って私に毎日飲ませるようになった。後で調べたら疥癬の薬だと出てきたけど、毎日飲んだら明らかに飲み過ぎだとわかったけど、お母さんを悲しませたくなくて毎日飲んだ。でも、元気になるとかそういうことはなくて、なんだかだんだん体がだるくなってきた。

 外に遊びに行きたいなあ、いい天気なのになあ、と思いながら自分の部屋のベッドで寝ていたら、ある時不思議なことが起こった。考えている自分が、寝ている自分からふわっと浮いて、考えている自分はどこにだって行けるようになった。

 だから、お母さんを変えてしまった人たちをぐちゃぐちゃにしたら、お母さんを元に戻せないかと思った。お母さんを変えてしまった人たちが、憎かった。

 お母さんを変えてしまった人たちの名前と店は知っていた。店の名前を調べてみたら、住所と最寄り駅がわかった。考えている自分は人から見えないように消えることができたので、バレないようにバスと地下鉄に乗って行くことができた。でも、スマホを持っていけなかったので、そこから先の道がよく分からなかった。誰かに聞けばわかるかな、誰に聞こうかな、と探していたら、お母さんを変えてしまった人たちの、リーダー夫婦の夫に似た男の人を見つけた。と言っても、二十代くらいだったので、親戚とか子供とかじゃないかと思った。少なくとも、関係者だと思った。

 なので、その人に聞いてみたけれど、教えてくれなかった。店の名前を聞いた瞬間、その人はものすごく硬い顔になって、「教えられない」と言われた。「あそこだけはダメ」みたいなことも言われた。

 他の人に聞いても結局よく分からなかった。ネットでの活動で有名なんであって、地元ではそんなに有名じゃないのかもしれなかった。

 家に帰ろうとした途中で、自分と同じような人に会った。その人は、自分のことを幽霊だと言った。そして、今の私は生霊だと教えてくれた。

「普通は、あんまり体から離れたらあかんのやけどねえ……お嬢ちゃん、すごく素質があって、いろいろできるみたいやねえ」

「私、すごい生霊なんですか?」

「ものすごいで。歴史に残るレベルや。ほんまに幽霊になったら、もっとすごなる」

「まだ死ぬのは嫌です……」

「そらそうやなあ。でも、本当にいろいろできるで。ワイを取り込んで、ワイの知ってることを全部使うこともできると思う」

「幽霊って、そんなこともできるんですか?」

「できるで。やり方教えたろか?」

 その人に教えてもらったとおりに、私はその人を取り込んだ。そしたら、その人が知っていることが何でもわかるようになった。ただ、関西の方言の人と関東の人間が混じったせいで、言語が混乱するのか、話し方がだいぶ片言になってしまった。

 その人が知っていることと、私ができることを組み合わせた。まず、世界中の霊、私みたいに家族が困ったことになって振り回されて死んだ霊を片っ端から取り込んだ。いろいろな人の夢の世界をたどっていけば、世界の距離は無視できた。

 そうして、私はとても大きくて、いろいろなことを知っていて、たくさんのことができる霊になった。

 力をつけてから、お母さんを変えてしまった人たちについて、スマホでたどれる限りをたどった。そして、SNSのアカウントでたどれる縁から、その人たちの場所を探知して、その人たちを片端からつかまえた。


 こいつらがいなくなれば、お母さんは目を覚ますかもしれない。

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