幸せでいいかわからない

 俺は生まれてこなきゃよかったな、という気持ちになってしまう。どうしても。


 明日午後に、和泉和漢薬まで行くことはオーケーした。でも、話を聞いて、風呂に入るにも寝るにもいろいろ考えてしまう。

 コロナで亡くなった人の霊が集まってできた悪霊、それが両親と両親のシンパの行方不明に関わっている。両親がエセ医学布教でたくさんの人を騙し、お金を吸い上げていたことを知っていると、反ワクチンでお金を吸い上げていたことを知っていると、それでコロナワクチンを打たず感染して亡くなった人もいてもおかしくないと思う。恨まれておかしくないと思う。そもそも、コロナ禍以前だって「がんは切るな、漢方薬とアロマで治る」みたいなこと言って手遅れになった人が何人もいるわけだし……。

 俺の両親で、まず先にエセ医学に傾倒しておかしくなったのは母親だ。その母親は、生まれた俺が成長が悪くて心配して、あれこれ試して、変な療法に傾倒しておかしくなったわけで……。

 思えば、不安定でエキセントリックな母親をなだめるためにエネルギーを使った子供時代だった。ママ友会で母親の思う通りに俺がアロマ狂信を口にしてママ友を勧誘したのも、そうすると母親の機嫌が良くなって家の中が少し平和になるからだし。父親と祖父の衝突はどうしょうもないにしても。

 でも、俺が生まれなかったら、そもそも母親は不安定にもエキセントリックにもならなかったかもしれないんだよな……。


 ずっと考えて、夜はまともに眠れなかった。多分、相当辛気臭い顔をしていたんだと思う。朝、怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)は、味噌汁とご飯茶碗を食卓に並べながら言った。

『おい、ひどい顔してるぞ、飯食えるか?』

「……まあ、食べられると思う」

『あのな、親御さんが行方不明ならそりゃ心配だろうし、昨日いろいろあったから嫌なことも思いだしただろうけど、別に今はお前何も悪くないからな』

「…………」

 そうかな?

 両親がおかしくなったの、両親が人を騙すようになったの、俺が生まれたのが遠因じゃないかな?

『ワシ、飯食って布団干して、昼飯と夕飯の仕込みしたら、買い物行って星野さんに会いに行くからな。お祝いのよだれかけ渡してくる』

「うん」

 千歳は、星野さんのお孫さん誕生祝いをよだれかけに決めて、俺が最近流行りのブランドをいろいろ調べて、高級で使い勝手の良さそうなスタイを楽天で買ったのだった。その時は、こんなになるなんて思わなかったな。

『金谷って奴が迎えに来るの、午後の一時だよな?』

「うん」

『それまでには、シャキッとしとけよ』

「うん……」

 そう、午後は出かけるから、仕事ができないから、午前になるべく片付けなくてはならない。朝食の食器を洗ったあと、必死で雑念を追い払ってノートパソコンを開き、仕事にかかったが、暗い気持ちは消えなかった。千歳が途中で出かけてしまって、家が静かなのも余計に気持ちの落ち込みに拍車をかけた。

 景気づけにいつもより多くコーヒーを飲んでみたが、なんの役にも立たない。ごめん千歳、いつも食事に気を使ってくれてるのに、もう三杯もコーヒー飲んじゃった。

 マグカップを洗って証拠隠滅していたら、千歳(女子大生のすがた)が帰ってきた。

『ただいま! シャキッとしたか?』

「あんまり……最低限の仕事は片付きそうだけど」

『うーん、まあ、辛気臭い顔してても、働けば文句は言われんが』

「俺、仲介人で付添人って感じだし、隅っこで辛気臭くしてるよ」

『シャキッとなるの諦めるなよ。いや、でもちゃんと働かなきゃいけないのワシもだな。頑張らなきゃな。昼飯早めにして、出かける準備ちゃんとできるようにするか?』

「それがいいと思う」

 なんてことない会話だけど、千歳がいてくれるのは嬉しい。話すだけで気が紛れるし、なんだかんだで心配してくれるから。

 ……でも、俺、幸せになる資格あるのかな。両親を狂わせて、たくさんの人を騙して金を吸い上げる遠因になった俺が、自分自身も人を騙してお金を吸い上げるのに加担した俺が、楽な気分になる資格、あるのかな?

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