番外編 大事な人のこと 下

「お祖母ちゃん! 本当にごめん! 会いに来たよ!」

祟ってる奴は、小さなお年寄りに向かって一目散に駆け寄っていった。ここまでくれば迷うことはないが、ワシも一応後を追った。

小さなお祖母さんは目をまん丸くした。

「豊ちゃん!? まあ、まあ、夢で会えるなんて……」

お祖母さんの前まで来て、祟ってる奴は息を切らしながら言った。

「夢だけど、夢だけど本当に会いに来たんだよ! 本当に俺だよ! 夢を繋げられる人がいるんだ、この人!」

祟ってる奴は、追いついたワシを片手で示した。

「あのね、この人。金谷千歳って言って、俺が今一緒に暮らしててすごく世話になってる人なんだけど、なんていうか、霊感がすごくあって、人と人の夢を繋げて会わせる事もできるんだ。それで、俺とお祖母ちゃんの夢を繋げてくれた」

『ええと、こんにちは、金谷千歳です。あ、こんばんはか』

ワシは、なるべく言葉遣いに気をつけてあいさつした。お祖母さんはまた目を丸くした。

「まあ、まあ、じゃあ、本当に会いに来てくれたの? 豊ちゃん、こんな立派なお嬢さんと一緒に暮らしてるの?」

いや、確かにそれなりに見た目のいい若い女の格好してるけど、立派なお嬢さんなんて言われると思わなかったな……。そんなこと、言ってもらったことないし、ワシの中にいる奴らも言われたことないな……。まあ、男もいるけど……。

祟ってる奴は、お祖母さんにうなずいた。

「うん、今年に入ってから一緒に暮らしてて。これは夢の中だけど、現実だとコロナで会えないから、夢を繋げてもらったんだ。……あの、お祖母ちゃん、今平気? 体つらくない?」

心配そうに聞く祟ってる奴に、お祖母ちゃんは笑いかけた。

「微熱で、ちょっと疲れてだるい程度なんだけどねえ、でも怖い病気だから、職員さんが、感染したとみなして対処しますって言ってねえ」

「それは……予防が第一だからそうなるだろうけど……」

祟ってる奴は少し黙って考え込んで、それから言った。

「あの……前、電話で、俺にもどってこいってお祖母ちゃんが言った時、ひどいこと言って本当にごめんなさい。もう、お祖母ちゃんがどうこうできることじゃないのに」

それは本当にすまなさそうで、多分祟ってる奴は、すごく後悔していたんだろうなと思った。話を聞いたり態度を見たりしている限り、こいつは親のことは嫌いだけどお祖母ちゃんのことは好きみたいだし、親が嫌いすぎて怒ってしまった感じだもんな。

お祖母さんは少し悲しそうに笑い、立ち上がって、祟ってる奴の肩をなでた。

「……あの子達もねえ、感心できることしてるわけじゃないし、豊ちゃんが戻りたくなくても仕方ないよねえ。おばあちゃんこそ、ごめんね」

「……でも、それでもひどいこと言った……本当にごめんなさい」

「いいのよ、おばあちゃんも、もうあの子達とは暮らせないなと思って、膝も腰も痛いし、もう残りの人生ゆっくり過ごしたいと思って、老人ホーム入ることにしたんだから」

「そうだったの?」

祟ってる奴は、意外そうに言った。

「家の近くに老人ホームができて、評判が良かったから、もうそこにしちゃおうと思ってねえ。おばあちゃん、ずっと家のことやってきたけど、豊ちゃんが出てってから、家事ずっとやってても誰もお礼言ってくれないし、なんだかもう、嫌になっちゃってねえ」

「そうだったんだ……」

祟ってる奴は、唇を噛んだ。

今の話だと、こいつはお祖母さんに家事してもらってお礼言ってたのか。そういえば、こいつワシが家事してても割とお礼言うな。お祖母さん仕込みだったのか。

お祖母さんは、祟ってる奴をなでながら、心配そうに言った。

「それより、豊ちゃんは今大丈夫なの? 体壊して会社辞めちゃったのに、今ちゃんと生活できてるの?」

「す、すごく大丈夫だよ! あの、今俺、webライターって言って、インターネットに載せる宣伝の文章とか書く仕事してて、とりあえず食べるには困ってない! 体壊してたのも、千歳が来てからけっこう良くなったんだ!」

おい、顔がちょっとあせってるぞ、話盛ってないか? お祖母さんを安心させたいんだろうけど。

お祖母さんは首を傾げた。

「あら、そういう会社に変わったの?」

「いや、会社員じゃなくて、自分ひとりでいろんな会社とかお店から仕事受けてるんだ。それでね、千歳に本当に世話になってて。家事かなりお願いしてるんだけど、本当にたくさんやってくれて、すごく料理がうまくて。食費限られてるのに、ちゃんとやりくりして、毎日おいしいもの作ってくれてさ」

おい、お前のこと聞かれてるんだろ、なんでワシの方にそんなに話題が向くんだ?

「あら、そうなの、じゃあ豊ちゃん、ちゃんとご飯食べてるのね?」

「うん、すごくちゃんとしたもの食べさせてもらってる。本当にいろいろ作ってくれてね、毎日できたて食べれて、栄養バランス考えてくれててさ。今俺、油ものと多すぎる香辛料を食べないほうがいいんだけど、その辺気を使って、ルー使わない甘口カレーとか揚げないコロッケとか作ってくれてさ」

いや、確かに毎日三食作ってるしその辺も気も使ってるけど、人前でこんなに手放しにほめられると、なんか、すごくむずむずするというか……。

ワシは、祟ってる奴の袖を引いた。

『あ、あのな、そんなに人前で言うな、なんかその、恥ずかしい』

「え、ごめん、ダメだった? ほめたつもりだったんだけど……」

祟ってる奴は戸惑った。

『ほめてるのはわかるけど! そこまでほめられると! なんか!』

お祖母さんは、ニコニコしながらワシに話しかけてきた。

「金谷さん、ありがとうねえ、豊ちゃんをこれからもよろしくねえ」

ど、どうしよう、お祖母さんになるべくちゃんとした言葉遣いをしつつ安心させなければならない……。

『え、ええと……まあ、これからも料理は作ります……』

なんかいたたまれなくて、祟ってる奴の体に半分隠れながら返事した。なんでこんな恥ずかしいことになってるんだ。

「あのね、お祖母ちゃん。千歳、マッサージもすごくうまくて。俺、今の仕事ずっと座ってるから腰と肩と背中と首がこるんだけど、千歳いろいろ勉強して、ツボを抑えて揉んでくれるんだ。だから、俺、体も仕事も、大丈夫だよ」

あ、そうか、こいつ、自分が大丈夫だって言いたくて、そうやってお祖母さんの事安心させたくて、ワシのことほめたのか。それならそうと言ってくれ。

お祖母さんは、すごく嬉しそうにうなずいた。

「よかったわあ、こんなに立派なお嬢さんがいてくれたのねえ……もう思い残すことはないわあ」

「そ、そんなこと言わないでよ!」

祟ってる奴は悲壮な顔になった。

「今、コロナの感染があるから夢で会いに来ただけで! ちゃんとまた現実で会おう、絶対会おう! だから、絶対治して、元気になって!」

「まあ、がんばるわね」

「がんばって、お願い」

ごきげんなお祖母さんと、悲壮な祟ってる奴との落差が傍から見てるとすごいが、まあどっちの気持ちも分からなくはない。そう思っていると、黒い不定形の世界がごそっと身動きした。あ、これは、しばらくしたらお祖母さんの体が起きるな……。

祟ってる奴に、おい、と話しかけようとして、いや、言葉遣い気をつけなきゃいけないんだった、と思い出して、咳払いして声をかける。

『えーと、悪い、多分もう少ししたら、お祖母さん目が覚めて、夢繋げられなくなる。そろそろお開きってことにしてほしい』

「え……」

祟ってる奴は、信じられないという顔をして固まった。

『その、たくさん話したいのはわかるけど、帰り道考えると、もうお別れにしないと、帰れなくなるから……』

「……そうなんだ……」

祟ってる奴はうつむいた。お祖母さんは、祟ってる奴を半分抱きしめるようにしてその背中をなでた。

「今会えただけで、とっても嬉しかったよ。もしまた会えたら、お願いしたいことがあるから、ちゃんと話すねえ」

「絶対また会おう、絶対話してね、できるだけのことはするからね」

「うんうん、ありがとうねえ」

「じゃあね、またね、絶対だよ!」

お祖母さんは祟ってる奴から体を離し、祟ってる奴は、下手したら泣くんじゃないかという顔でお祖母さんを見た。

「またね、老人ホームに連絡するし、電話できるならさせてもらえないかって頼むからね」

「うんうん、でも今日は帰りなさい、帰れなくなったらいけないんでしょう?」

ワシは祟ってる奴の腕を引いた。

『確かに、もたもたしてると帰れなくなるから』

「うん……またね」

二人は、手を振りながら別れた。角を曲がって姿が見えなくなるまで、お祖母さんはずっと手を振っていたようだった。

祟ってる奴は、けっこう意気消沈しながらワシについて歩いていた。ワシは、ふと思いついて聞いた。

『なあ』

「何?」

『前、お前大事な人いないのかって聞いたら、恥ずかしがって言わなかったじゃないか』

「え、うん……」

『大事な人、おばあちゃんだと恥ずかしかったのか?』

こいつ、お祖母さんが病気ですごく動揺したし、死んでいなくなってもおかしくない病気だからすごく悲しんだし、だから、大事な人って、多分お祖母さんだろうな。

「え? え、いや……」

祟ってる奴は、明らかにたじろいだ。

「いや、そういうわけじゃなくて……お祖母ちゃんのことは大事だけど……」

『お祖母ちゃんっ子だと思われるの、恥ずかしかったのか?』

気分を変えてほしくて、からかうように言ったが、祟ってる奴は落ち込んだ顔をした。

「……お祖母ちゃんのこと、大事だよ。でも、俺、全然大事にできてなかった」

『今、大事にしただろ』

「あんなんじゃ、全然足りないよ。お願いも聞けなかったしさ」

あんまりこいつの気分が変わりそうにないので、ワシは別のことを言うことにした。

『あのな、お祖母さん、微熱でちょっとだるいだけって言ってたけど、強がりとかじゃなくて本当だぞ。夢繋げたら本人の状態もなんとなくわかるんだけど、確かにそんなに体きつくはない』

「そうなの?」

祟ってる奴の顔が、少し和らいだ。

『だからさ、病気でも、治るって。また会える』

「……そうだと、いいな」

祟ってる奴は、少しだけ笑った。

「あの、ところでけっこう歩いてるけど、元のところにまだ着かないの?」

『ああ、もうすぐだ。戻ったら、特にやることないから、また寝ろ。気がついたら目が覚めてると思うから』

「夢の中で寝るのか、変なの」

ワシは、祟ってる奴の腕をちょっとどついた。

『ここまでやったんだから、ワシのお菓子、いいのたくさん選べよ』

「はい、いいの探して買わせていただきます……」

ワシは、元の場所まで祟ってる奴を連れてきて、祟ってる奴が横になって目をつぶってから、黒い格好に戻って祟ってる奴に巻き付いた。

「ん、千歳も寝るの?」

『うん、それが一番夢から出るのに楽だ』

「そうか、お休み。ありがとうね、本当に」

『ん、お休み』

この体になってから全然疲れないが、夢を繋げるのは流石に気疲れした。目を閉じて、大きくあくびをして、ワシも眠りに落ちていった。

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