番外編 大事な人のこと 中

しばらく集中して念じて、うまく夢と夢を繋げられた。祟ってる奴とお祖母さんを会わせてやるには、もう少しかかるけど。

黒く不定形の世界。道案内、つまりワシがいなければ絶対に迷う。そんな世界で、祟ってる奴は現実の世界と同じく、横になって丸まってぐーすか寝ていたので、とりあえず揺り起こす。

『おい、起きろ、夢の中だぞ、お祖母さんに会いに行くぞ』

「ふぇ? えっ何で起こすの……」

祟ってる奴は、目をしょぼしょぼさせながらうめいた。

『今、夢の中だぞ、体は寝てる』

「え? えっ夢なのこれ!?」

やっと体を起こして、祟ってる奴は目をぱちくりした。

『お祖母さんの夢とちゃんと繋がったぞ、会いに行くまではちょっと歩くけど』

「そ、そういうものなんだ」

『ほら立て、案内するから。ちゃんとついてこいよ、迷ったら大変だぞ』

ワシは、ふと思いついて、十五歳くらいの若い女の格好に変わった。真っ黒い格好でお祖母さんに会ったら、脅かしてしまう。

『ほら、行こう』

促すと、祟ってる奴は立ち上がって、なんだか困った顔をした。

「千歳、えーと、千歳が同席しなきゃお祖母ちゃんに会えないんだよね?」

『そうだな、ワシがお祖母さんのところまで案内しないと、迷うぞ』

夢の世界は、うまく言えないが独特で、縁を辿っていかないと目的のところに行けない。こいつ一人に、それは無理だ。

祟ってる奴は、申し訳無さそうに言った。

「あの、お願いなんだけど、同席なら、お祖母ちゃんに千歳は俺を祟ってる怨霊ってことは隠しといてくれないかな、そんなこと言ったら心配させるし……」

『それは……まあ、そうだけど、じゃあどう言えばいいんだ?』

「なんていうか、俺が今一緒に暮らしててすごく世話になってる人、って感じで紹介させてほしい。その方が安心してもらえると思うし」

それは、そのほうが安心するだろう。それに、世話してるのは事実だな。

『わかった、わかった、すみっこで大人しくニコニコしてるから、適当に紹介しろ』

お祖母さんのこと、できるだけ安心させたいんだな、こいつは。それだけお祖母さんが大事だし、お祖母さんにも大事に思われてるんだろうな。行き違いはあったけど。

「あと、お祖母ちゃんに話しかけられたら、丁寧語レベルでいいからタメ口は使わないで話してほしい。あの年の人が家族以外にタメ口で話しかけられたらびっくりする」

『わかった、わかった』

「あとその……格好ももう少し変えてほしい」

『ん? 怖がられない格好になってるだろ?』

ワシは首を傾げた。怖がられないし、親しまれやすい格好だと思うんだがな。

「うん、確かに今の格好でも怖がられることはないと思うんだけど、俺が中学生くらいの女の子と一緒に暮らしてますって言うと、それはそれでお祖母ちゃん心配させるから、もう少し大人になってもらえると」

『うーん、これでいいか?』

ワシは十八歳くらいの女の格好になった。

「……もうちょっとだけ、大人っぽくできない?」

『注文が多い』

ワシが口をとがらせると、祟ってる奴はハッとした顔をした。

「ご、ごめん! 本当にごめん! いろいろ注文つけて! 埋め合わせはする! ちゃんとする! 後でおいしいお菓子とかたくさん買わせていただきます!」

お菓子か。いや、好きだけどさ。

『お前なあ、ワシがお菓子あれば何でもすると思ってないか?』

そういうと、祟ってる奴は慌てた。

「い、いや、そんなことは……ごめん、お菓子以外でも、なにか欲しい物があればできるだけ買うから!」

『いや、お菓子がいいけどな』

他に特に欲しい物があるわけでもないし。

「あ、お菓子でいいんだ……」

祟ってる奴は脱力した。

『コンビニでもスーパーでも売ってないお菓子で、なんかいいお菓子を買え、たくさん』

「誠心誠意選ばせていただきます……」

こいつ、割と情報通だし、選ばせたらなんかいいお菓子選んでくれるだろう。なんのお菓子かな。ていうか、買ってもらえるならワシも注文に答えないとな。

『うーん、この女の格好、これより年食うと病気になったときの恰好にしかならないから、少し化粧した感じにして大人っぽくするぞ』

ワシは今の自分の顔をなでた。まぶたや頬、唇を触り、触ったところになんとなく色を乗せて、化粧っぽくする。

『こんなもんでどうだ?』

「ありがとう、それくらいでなんとか」

祟ってる奴はうなずいた。

『じゃあ行くぞ、ついて来い』

「結構歩く?」

『まあ、十分とか十五分とか、それくらいだ』

祟ってる奴と並んで、黒く不定形の世界を歩く。祟ってる奴は、しばらく物珍しそうにあたりを見回しながら歩いていた。

「夢の世界って、なんていうか、もっと豪華絢爛なのかと思ってたよ」

『そういうのが見えることもあるけどな。そういうのが見えるように調整してないからな、今。とりあえず繋げただけだから』

「そういうものなんだ?」

『お祖母さんに会ったら何話すんだ?』

「……まずは謝らなきゃ。あと、今俺大丈夫だよって伝えなきゃ」

『ふーん』

こいつ、今、大丈夫なのか。でも、裕福ではないにせよ、食べられるだけ稼ぐのはなんとかなってるし、仕事がなくて困ってるわけでもないし、寝込むのも減ってきてるし、確かに会ったばかりの頃よりは、大丈夫かもしれない。

『あ、そこの角曲がるぞ。もうすぐお祖母さんが見えるかも』

「え、本当!?」

『ちゃんとついて来いよ』

祟ってる奴と距離が離れないように注意しながら角を曲がる。遠目に、座ってぼんやりしている小さなお年寄りが見えた。

「お祖母ちゃん!」

祟ってる奴は、お祖母さんめがけて走り出していった。

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