番外編 大事な人のこと 上

ワシが祟ってる奴は、基本的に穏やかでいい奴だと思っていたから、お祖母さんに怒ってひどいことを言ったことがあると聞いてびっくりした。でも、見損なったというより、『こいつがそんなに怒るくらい、こいつにとって大変なことがあるのか』と思った感じだ。今はすごく反省しているようだし。

このままお祖母さんに会えないで終わるなら、それは相当きついだろう。だから、結構疲れるけど、できることはやってやろうと思った。

そういうわけで、『夢を繋げて会わせてやる』と言うと、祟ってる奴は目をまん丸くした。

「そ……そんなことできるの!?」

『だから、お祖母さんに縁のあるものと、おばあさんがいる大体の場所がないとだめだぞ。お祖母さんがいる方向向いて念じないといけないから』

念を押す。流石にその二つが揃わないと、ワシでも無理だ。

「ちょっ……ちょっと待って!」

祟ってる奴は、立ち上がって押し入れを探り、しばらくしてオレンジ色の毛糸の編み物を出してきた。

「これ、祖母が手編みしてくれたひざ掛けなんだけど、こういうのでいいかな? 他にも、台所用品は大体祖母と選んだんだけど」

ふわふわで暖かそうな編み物だ。孫にわざわざ編んだのか、いいお祖母さんだな。

『この編み物でいい。あと、家とお祖母さんのいる老人ホームが一緒に載ってる地図とかないか?』

「えーと、Google Mapsでなんとかなると思う」

『じゃあ、わかったら見せろ』

「う、うん」

祟ってる奴はおろおろしながらスマホをいじり、「画面広いほうが見やすいな……」とうめいてからパソコンに向かい、いろいろ調べて地図を出した。

「こんな感じ、家から見て東の方」

『じゃあ、台所と反対の方向いてやればいいな。ちょっと、今でもなんとなくならお祖母さんの状態見れるかもしれないから、待ってろ』

毛糸のひざ掛けを畳んで手に持ち、東の方を向いて座る。意識を東に向けつつも、ひざ掛けをきつく握ってひざ掛けが持つ縁を探し、しばらく待つ。

『うーん……うとうとしてはいるみたいだけど、まだ夢見てるような感じじゃないな。やっぱり夜じゃないと、夢繋げるのは無理だ』

「今、お祖母ちゃんの様子わかるの? どれくらいわかる?」

祟ってる奴は、実に心配そうに聞いてきた。ていうか、今まで祖母って言ってたのに、ついに素が出たな。

『まあ、本調子じゃないのは確かだな。横になってると思うぞ、まだ息苦しいとか喉痛いとかはないみたいだけど』

「そっか……でも、今の段階では、ってことだもんな……」

祟ってる奴はしょんぼりした。まあ、コロナって悪くなる時は、文字通り、死ぬほど悪くなるもんな。

『うーん、早く会いたいのは仕方ないが、お祖母さんが夢に入らないとどうにもならんし、それは夜が一番成功しやすいから、お前はそれまで、いつも通り仕事して、飯食って、風呂入れ』

そう言うと、困り果てた顔になる祟ってる奴。まあ、難しいのはわかるけどさ。

「それはそうだけど、何も手につかない……あと、俺も寝て夢見ないとだめなんじゃないの?」

『そうだな、でも、いつもより早く寝るくらいしか、お前にできることないぞ』

「……早く寝るために、仕事片付けます」

祟ってる奴は、観念したように言った。

『そうしろ、ワシもさっさと飯作って、空いた時間でなるべくお祖母さんの様子見るから』

そういう訳で、ワシは急いですぐ作れる献立で夕飯を作り、祟ってる奴は急いで最低限の仕事を片付けて、早めに飯を食った。祟ってる奴が食器を洗っている間に、もう一度おばあさんの様子を見る。

『お祖母さん、昼間とそんなに調子変わってなさそうだぞ。飯も食ってるみたいだ』

「よかった、しばらく急変とかないかな?」

『うーん、コロナのことわからんからそれはわからんが、このままなら、お祖母さん普通に寝て夢見そうだぞ』

「そ、そっか」

祟ってる奴はあわてて食器をすすぐスピードを上げた。

「シャワーさっと浴びたら、すぐ布団入りたいんだけど、いいかな?」

『布団敷いておくから、さっさと浴びてこい』

流石に、今日は湯船にゆっくり浸かる気にはなれないよな。

祟ってる奴は、食器を洗ってから猛スピードで入浴準備を整えてシャワーを浴び、風呂場から戻ってきた。頭が全然乾いてないが、枕が湿るのはもうしょうがないな、明日、枕よく干そう。

『ほら、あとは寝るだけだ、寝ろ』

「ありがとう」

祟ってる奴は布団に入って目を閉じた。ワシは東の方を向いてひざ掛けを握り、目を閉じてお祖母さんの様子を見るのに集中したが、布団の方から寝返りの気配がするので目を開けた。

『寝れないのか?』

「……ごめん……いろいろ準備してもらってるのに」

すまなそうな声が返ってきた。お祖母さんのこと気になってるなら、ぐっすり眠るどころじゃないのは仕方ないが。

『お祖母さんも今すぐ夢の世界ってわけじゃないし、落ち着いて羊でも数えてろ』

「うん……ねえ、千歳は寝る必要ないけど眠れるわけじゃん」

『ん? うん』

「どうやって眠くなるの?」

『どうやって? うーん……』

変なこと聞くな。寝転がって体の力抜けば、そのうち眠くならないか? 寝転がってるところが柔らかければ、言うことはない。

『柔らかい布団入って、体の力抜けば、そのうち眠くならないか?』

「……うーん……まあ、健康的な入眠だね……」

『布団、ちゃんと干してあるから、柔らかいだろ?』

「ふかふかです……うーん、話してても仕方ないよな、羊数えるよ」

『そうしろ』

祟ってる奴は静かになり、一時間くらいは寝返りを打っていたが、呼吸が穏やかにゆっくりになり始めた。寝たな。

ワシはひざ掛けを握り直し、祟ってる奴のそばに行って、東を向いて意識を集中し始めた。

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