夢の通い路繋げたい

その電話を受けて、俺は血の気が引く思いだった。

「それ、本当なんですか、今も熱がある?」

電話の相手、今そこに祖母がいるという老人ホームの職員は答えた。

「はい、まだ抗体検査をしても陰性が出ておかしくないタイミングなので、陽性と言い切ることはできないのですが」

「今、祖母の容態は? 大丈夫なんですか?」

「現在は発熱だけなのですが、ワクチンを打ってらっしゃらないので、ここから悪くなる可能性も考えていただけますと……」

ああ、やっぱり祖母は未ワクチンだったか。そりゃそうだよな。

「……そう、ですか……そうですよね……」

「お祖母様、携帯を持ってらっしゃいませんし、感染防止のため、お部屋にこもっていただいているので、代理でお電話させていただきました」

「はい……外部の者の面会は、無理ですか、やっぱり?」

一縷の望みを込めて職員に聞いたものの、すげない答えが返ってきた。

「普段から面会は制限しておりますし、発熱がある現在は、なおさら許可できません」

「そうですか……いえ、すみません、わかりました」

「ご両親にもご連絡してありますが、やはり面会はお断りしております」

「はい……わかりました。お知らせくださって、ありがとうございます」

電話を切り、俺は頭を抱えた。祖母が、今は老人ホームにいて、発熱している。まだ陽性が判明する段階ではないが、もしコロナだったら、高齢で未ワクチンの祖母だ、このまま会えずに最悪のことになる可能性もありうる……。

俺は後悔した。数年前、退職を祖母に伝えたとき、あんなに冷たい返事をすることなかった。もう少しマイルドに対応していれば、連絡を取り合うようにしていれば。

俺がよほどひどい顔をしていたのだろう、畳でゴロゴロしていた怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)が、心配そうな顔で俺をのぞき込んできた。

『どうしたんだ? なんか悪い知らせか?』

悪い知らせではあるのだが、どこから話せばいいだろう。一言で言えば、祖母がコロナかもしれなくて、最悪の場合このまま会えずに亡くなってしまうかもしれないということなのだが、なんでこれまでしばらく会わなかったのかと聞かれると……。

少し迷ってから、俺は口を開いた。

「……悪い知らせ。話が長くなるんだけど、聞いてくれないかな」

『ん? うん』

千歳はきょとんとした顔になったが、座ってうなずいた。

「あの……俺の祖母がね。しばらく連絡取ってなくて、今は老人ホームにいるってさっき知ったんだけど、熱出てて、コロナかもしれないんだ」

『え、大丈夫なのか!?』

千歳は目を丸くした。

「大丈夫じゃないんだ。年だし、ワクチン一回も打ってないし、最悪の事態もあるかもしれない。でも、コロナ禍だから、家族でも面会できない」

『面会できないって、じゃ、死ぬかもしれなくても会えないのか? なんでお前老人ホームにいるって知らなかったんだ? お祖母さん、なんでワクチン打ってないんだ?』

千歳がいろいろ聞いてくる。やっぱり疑問に思うよな、実家のことはあんまり思い出したくなかったけど、話さないと理解できないよな……。

「あの……ここから話が長くなるんだけど。俺の実家、父親の代で四代目の漢方薬局なんだ」

『漢方薬局? 漢方薬売ってるのか?』

「まあ、祖父の代までは漢方薬で真っ当に稼いでた。問題なのは父親と母親でね……漢方薬が効きもしない分野の病気にも、効くって言って人を騙して売りつけるようになっちゃって」

気が進まない話題だが、千歳に嘘を付きたくもない。俺はかなり慎重に言葉を選びながら話した。

「元々は、母親がアロマオイルで何でも治せる、医者いらずってハマっちゃったんだけど。父親も漢方薬で同調しちゃって、「がんは漢方薬で切らずに治せる!」「漢方薬を飲めば子供のワクチンなんていらない!」みたいに宣伝するようになっちゃって……自然派とか、医療が嫌いな人たくさんお客に取り込んで、ボロ儲けするようになっちゃったんだ」

子供の頃、母親にさんざん自然派ママの集会に連れて行かれたことを思い出す。小学校低学年の子供なんて、母親に喜んでもらえればそれだけで嬉しい。母親の望むように、アロマオイル信仰と医療批判をやった。子供にそういうことをやらせると、ママ友には受けがいいし、そういうふるまいの子供の俺を見て、母親の客になった人はたくさんいた。お金がたくさんはいるようになった。祖父にいつも漢方薬の使い方がなってないと叱られていた父親は、それを見て、真面目にやるのがバカらしくなったのかもしれない。

「それでね、信じ込んじゃった人はまともに病院行かないし、手遅れになって亡くなった人もかなりいて……祖父はずっとまともにやろうとしてたんだけど、喧嘩が耐えなくて。俺、祖父に教わって真っ当な漢方の薬剤師になりたかったんだけど、俺が高校の時、祖父は脳溢血で急に死んじゃって」

『そ、そうか……大変だったんだな』

千歳は、かなり困惑した顔ながらも、うなずきつつ聞いてくれている。

祖父が死んだとき、俺は本当にどうしていいか分からなかった。ようやく考えられるようになったのは、このまま進路変更せず薬剤師を目指したら、両親の後釜をやらされるということ。

「俺、両親の商売に取り込まれたくなかったし、たくさんの人を死ぬまで騙して稼いだお金で育ったのがすごく嫌だったしで、奨学金取ってバイトして大学行ったんだ」

『え、苦学生だったのか、お前』

「ちょいちょい祖母が祖父の貯金から援助してくれたけど、まあそんな感じかな。卒業はできたし就職もしたけど、就職先がブラックだったから、三年前に体壊して退職せざるを得なくなって。祖母には、その時そのことを連絡したんだけどさ」

ここからが、俺が特に恥じるべきことになる。

「それでね、祖母は心配して言ってくれたんだと思うけど、「実家に帰っておいで」って言ったんだよね。でも、俺、大学入ってからずっと実家のお金に頼らないでやってたのがダメになるのかと思って……そう思ったら、プツッとなって、ひどいこと言っちゃってさ……」

『ひどいこと?』

「……「人殺しの詐欺師の金に世話になる気ない、お祖母ちゃんは別なんだろうけど」って……」

『……そうか……』

ひどいことを言ったと思う。祖母はずっと専業主婦で、商売のことには関わってこなかった。ずっと家族の世話に尽力していて、両親の身の回りの世話までしていた。あの世代のそうして生きてきた女性に、両親の詐欺行為にまで責任を取れというのは、酷な話だ。

「それきり、祖母から連絡きても取らないようになっちゃって……三年くらい、ずっと話してない。だから、老人ホームにいるっていうのも今日知った。本当にコロナだったら、もう二度と会えないかもしれない……」

『…………』

「……俺が悪いんだけどさ」

しょぼくれて俺がつぶやくと、座って話を聞いていた千歳は、何故か立ち上がった。

『おい、お祖母さんに何か縁の深いものあるか? なんでもいいから、よこせ。あと、大体でいいから、お祖母さんの老人ホームがある場所教えろ』

「え?」

千歳の意図が分からず、困惑した返事をすると、千歳は笑った。

『ワシが同席していいなら、お前の夢とお祖母さんの夢を繋げて、会わせてやる』

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