あなたと鍋を囲みたい
『なあ、この家卓上コンロなんてないよなあ』
お昼にそぼろ丼をつつきながら、怨霊(幼児のすがた)(命名:千歳)ががっかりしたような顔でぼやいた。
「卓上コンロ? いきなりどうしたのさ?」
確かにそんなものはないが、なにか使うような用事なんてあったっけ?
『いや、そろそろ鍋がうまい季節かなと思ったんだが、卓上コンロないと無理だなと思って』
鍋か。この頃気温下がってきたし、悪くないな。千歳も作るの楽だろうし。いや、待てよ、卓上コンロはないけど、確か……。
「待って、卓上コンロじゃないけど、鍋温められるやつはあるよ」
『え、あるのか?』
千歳はパッと嬉しそうな顔になった。
「えーと、IH調理器があったはず。ガスコンロあるから、しまい込んだままだったんだけどさ」
火気厳禁の学園祭で調理に使ったあと、引き取り手がなかったものをもらった覚えがある。
『IH調理器?』
千歳はきょとんとした。あ、そうか、これは多分平成になってから出来たやつだな。
「えーと、鍋の底に磁力当てて、鍋に電気流して鍋自体を熱くする調理器。火を使わないで温められる」
『ビリっとならないか?』
「ならないならない、そこは安全。古いから、動くかどうか確かめたほうがいいと思うけど。多分、台所の収納に箱ごと入れてもらってると思う」
引っ越しの時はものを捨てる暇がなかったし、それ以外でも捨てた覚えがないし、引越し業者がまるごと持ってきたならあるはずだ。
昼食後、食器を洗ってから台所のシンクの下の収納を探る。それほど探さずに、それらしい箱が見つかった。
「これこれ。一応、動くか確認しようか?」
『鍋に水入れて沸かしてみればいいか?』
「それでいいんじゃないかな」
食卓のテーブルに持っていき、箱から出してコンセントをつなぐ。千歳(女子中学生のすがた)が水を入れた鍋を持ってきたので、乗せてスイッチを入れ、温度を調節する。しばらくして、お湯が湧き始めた。
『お、大丈夫だな!』
千歳は嬉しそうな声を上げた。
「いつでも使えそうだね」
『あ、それなら……』
千歳は冷蔵庫の方に行き、何やら物色し始めた。
『えーと、白菜ある、鶏肉ある、ネギと豆腐もある……よし、今夜鍋できるな! 大根と人参も入れよう!』
「おっ、さっそくだね」
『今日寒いし、いい感じだろ?』
「うん、楽しみにしてる」
というわけで、その日の夜は白菜鍋になった。ぐつぐついっているところから好きな具を取り、ふうふう言いながら頬張る。
『ありあわせだけど、悪くないな』
「うん、おいしい」
水炊きながら、白菜と鶏もも肉、舞茸のうまみが効いている。あっさりしていて、いくらでも食べられそうだ。
『今日のシメは雑炊にするけど、うどんもいいな』
「シメのラーメンも人気だよ、最近は」
『ラーメンスープ入れるのか?』
「それは人の好き好き」
『ふーん、でもダシ効いてるだろうし、うまいのかな?』
千歳はお玉で豆腐を取り、取り皿に入れて箸で切り分けながら言った。
『鍋、いろいろ入れられるからいいよな。お前、鍋の具だと何が好きだ?』
「え? どれも好きだけど……いきなり言われると、困るな」
鍋、実家で暮らしてた頃は冬の定番だったけど、一人暮らししてからは味噌汁とスープと野菜炒めのローテで、あんまりやらなかったから、すぐに思い浮かばないな。
「うーん、白菜も鶏肉も豆腐も好きだし……今日の具はだいたい好きだし……うーん、そうだな、しいたけとか、水菜も好きかな」
『水菜?』
千歳は不思議そうな顔をした。
「うん、水菜」
『……あんまり聞かない野菜だな……スーパーで見た覚えはあるけど』
眉根を寄せる千歳。割と本気で言っているようだ。
「え、そう? ポピュラーだと思うんだけどな」
あ、でも、元々は京野菜って聞いたことあるな。昭和だと、関東ではそんなに流通してなかったのかもしれない。
「えーと、クセがなくて、シャキシャキしてて、サラダとかにしてもおいしいんだ。火を通してもシャキシャキで、たくさん食べられる」
『へー、じゃあ今度買うかな、割と安かったし』
「そう言えば、千歳のご飯で水菜食べたことなかったな」
『うーん、なんとなく買わなかったんだよな、食べたことないから味が想像できなくて』
千歳、食に興味がある方だと思うし、料理すごく頑張ってくれてるけど、そんなこともあるんだな。
「じゃあ、今度の鍋は水菜入れてほしいな」
『おう、買ってくるぞ』
これから寒くなる一方だし、鍋を食べる機会も増えるだろうし、楽しみにしてる具はいくらあってもいいな。
『この野菜、全部入れたら次シメな。雑炊、卵も入れるか?』
「あ、いいね、お願い」
なんか、具の相談とかしながら誰かと鍋つつくの、ずいぶん楽しいな。
というか、俺、誰かとこんなに和やかに鍋つつくとかあったっけ? 実家で鍋はよくあったけど、祖父と父親でいつも相性が良くなくて空気悪かったし、母親はいつもアロマ関係のことで頭がいっぱいで俺はむしろ彼女の面倒見る方だったし、祖母はいろいろ作ってくれたけど、祖母一人だけじゃ空気よくするのには限界があったし……一人暮らし始めてからは、そもそも一緒に食べる人がいなかったし……積極的に友達を作るほうなら、鍋パーティーの機会もあったのかもしれないけど……。
俺は、食べる手を止めて、思わず千歳をじっと見てしまった。
『ん? どうした?』
「あ、いや……鍋、いいね。おいしいよ」
『気に入ったか! 次は胡麻だれも買おうな!』
「うん、そうだね」
この冬、千歳といろんな鍋が食べられたらいいな。
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