SNSを始めたい

副反応がかなり続いた気がするが、実際はそこまででもなかった。ちゃんと起きられるようになったし、仕事しないといけない。

昼食の席で、温玉乗せ野菜ラーメンを食べながら怨霊(幼児のすがた)(命名:千歳)が聞いてきた。

『今日朝早くから仕事してるけど、忙しいのか?』

「うん、しばらく寝こんでたから、ちょっと集中しないとまずい」

『夜は暇か?』

「うん、まあ……何かあるの?」

夜はなるべくゆっくりしたいと思っているし、実際そうしているが、わざわざ聞くということは何かあるのだろうか?

不思議に思うと、千歳は言葉をつないだ。

『前、狭山先生のツイッター見れるようにしただろ? あれからよく見てるんだけど、わからないことがあるから教えてくれ』

「ああ、そういうこと……わかった」

狭山さんの作家アカウント、眉をひそめるような話題は出てこないし、画像も飼い猫ばかりだけど、インターネットスラングはそれなりに出てくる。基礎知識が昭和な千歳には、わからないことも多いだろう。

そういうわけで、夕飯の後、千歳(黒い一反木綿のすがた)はタブレットを持っていそいそと俺のところに来た。

『あのな、よく狭山先生が何かの感想みたいに「草」って言ってるんだが、意味がよくわからないんだ』

「ああ、そういうこと……」

そりゃわかんないだろうな、いきなり見たら。

『なんか、おもしろい、とか、ウケる、って意味なのは、読んでてなんとなくわかるんだが』

千歳が首をひねりながら言う。俺は答えた。

「だいたいそれで合ってるよ。元々は文末に「笑」ってつけてたんだけど、ローマ字入力だから、頭文字のwをたくさんつけて代用するようになって、そしたらwがたくさん並ぶと草が生えてるみたいだって言われ始めて、今は草って言われるようになったんだ」

千歳は目を丸くした。

『へー、じゃあ、笑えるって意味なのか?』

「そう」

『説明されなきゃ全然わかんないな……』

「割とそういう用語多いね、インターネットは」

『お前は詳しいのか?』

「主要な用語なら、わかるかな。他にもわからない言葉あるの?」

『うーん、言葉っていうか……』

千歳はタブレットに映した狭山さんのツイートをスクロールしながら、困った顔になった。

『狭山先生がリツイートってやつで見せてくれるので、おもしろい動画とか、うまそうな料理のレシピとかあるんだが、それ取っておいて後で見返すのできないか?』

気になったツイートの保存か。ブックマークやいいねを使えればいいが、千歳はアカウントを持っておらず、ブラウザで狭山さんの作家アカウントのホームを見ているだけなので、やりようがない。スクショの仕方と保存方法でも教えるか? いやでも、動画の保存は難しいしな……。

「うーん……じゃあ、千歳、Twitterのアカウント作る? そしたらツイートの保存できるよ」

『ツイッターのアカウント?』

千歳は不思議そうな顔になった。もう少し説明が必要だろうか?

「なんていうか、アカウント作ると、Twitterが見やすくなるし、Twitter上でツイート保存できる」

『ツイッターって、ワシもできるのか?』

「できるよ、メールアドレスか携帯電話番号あれば、誰でもできる。Discordのメールアドレスで作っちゃおう、ちょっとタブレット貸して」

タブレットを受け取り、新規アカウント作成を選んで、Discordで使っている千歳のメールアドレスを入れ、認証も済ませる。アカウント名を決める画面が出てきた。俺は千歳にタブレットを渡す。

「千歳、本名以外で、なにか好きな名前決めて。アルファベットと日本語両方でね」

『え、金谷千歳って使っちゃダメなのか?』

「本名は個人情報だから、あんまりネットに載せるものじゃないんだ」

『でも、狭山先生は本名だぞ?』

「名前を売ると利益がある人はそれやってもいいけど、千歳別に利益ないだろ?」

『うーん、まあそうか……どうしようかな』

千歳は首をひねり、だいぶ悩んでから「chicchi1000」「ちっち」と、スズメみたいな名前を入力した。

『これでいいか?』

「いいよ、かわいい名前だね」

そう言うと、千歳はまごついたような表情になった。

『いや、別にかわいくしたかったわけじゃなくて、名前の頭文字使っただけだ』

「ああ、なるほど。あ、Twitterって好きなトピック選ぶとそのトピックのツイートが流れてくるようにできるんだけど、何選ぶ?」

トピックが並んだ場面になったので、また千歳に見せる。

『ええと、料理と、健康と……あと、狭山先生の小説のことが入るトピック選びたいけど、なんのトピックがいいんだ? 小説はないけど』

「エンターテイメントでいいんじゃないかな、これからアニメもやるしさ」

『じゃあ、それ選ぶ』

トピックを選び終わったので、次は最初のツイートをすることを勧められた。

『これ、書けばワシも狭山先生みたいにTwitter出来るのか?』

「あー、できることはできるけど……うーん……」

インターネットの発信に不慣れな千歳に、いきなりツイートさせていいものだろうか。個人情報書かれたら大変だし、距離感を考えず狭山さんに絡みまくってしまっても、それはそれで良くない。俺は悩んだ。

「うーん、これはさ、インターネットの先輩としてのアドバイスと受け取ってほしいんだけどさ」

『なんだ?』

「ツイートの投稿はさ、Twitterの色んなところよく見て、要領をつかんだ後、初めてするのがいいと思うんだよ。できれば一ヶ月くらい、様子見てくれないかな」

千歳は愕然となった。

『え、一ヶ月もか!?』

「万全を期すなら、半年くらい様子を見るべきという先人の言葉もある」

『そんなに待つの、やだ』

「だから、一ヶ月だよ。あと、本名も住所も、個人情報は絶対にツイートしちゃだめだよ、全世界からアクセスできるから、悪い人いたら悪用され放題だからね」

『わかった、わかった、一ヶ月待つから、ツイート取っておくやり方教えてくれ』

俺はブックマークといいねのやり方と、その2つの違いを千歳に教え、ついでに千歳がYouTubeで好きな料理アカウントのTwitterをいくつかフォローした。タイムラインを追うやり方だと、今はかなりツイートが間引きされてしまうので、フォローしたアカウントはリストを作って入れて、フォローしたアカウントのツイートだけ見るならリストを見たほうがいいことも教えた。

リストを見て、千歳ははしゃいだ。

『おお、確かに見やすい!』

俺は、ふと思い当たって言った。

「あー、あと、アイコン画像なし自己紹介なしだと、怪しいアカウントと思われるかもしれないから、自己紹介欄になんか書いといたほうがいいよ」

『どうやって書くんだ? ここからか?』

「そうそう」

千歳は、タブレットで長い文章を入力するのにあんまり慣れていない。微妙におぼつかない手付きで『狭山誉先生のツイッターを見やすくするために作りました』と書き込んだあと、首を傾げた。

『なあ、これもうちょっと長く書けるよな?』

「書けるよ、何書くの?」

『えーと、『同居人に食べさせるので、消化によくて重くないけど栄養のある料理を探してます』って書く』

俺は目を瞬いた。

「えっ、俺向け?」

千歳はふくれた。

『だってお前、食べさせてもなかなか肉付かないし、でも脂っこいものは消化に悪いからダメだし』

「それは……そうだけど」

『これくらいなら、インターネットに書いても大丈夫だよな?』

「ああ……うん」

『じゃあ書くぞ』

また微妙におぼつかない手付きで、千歳は文章を入れ始めた。そういえば、さっき選んだトピックも料理と健康だったな、千歳。え、そんなに俺の体のこと考えてくれてるのか……なんか嬉しいな……すごく嬉しい。

ほのぼのと温かい気持ちになり、なんとなく口元をゆるめながら、俺は千歳を眺めた。

『よし、できた!』

入力が終わり、千歳が画面を切り替えて、タイムラインがタブレットに映る。そこに出たおすすめツイートを見て、俺は凍りついた。

「……千歳、ごめん、もうひとつ注意ね。ネットって、デマとかニセ医学が広まりやすいんだ。Twitterで刺激的なこととか、すごくいいと思うこと見つけても、すぐ真に受けないで、一呼吸おいて考えたり、俺に聞いたりとかしてね」

『? うん、わかった』

千歳のおすすめツイートには、神沢あざみの、和泉和漢薬を勧めるツイートが出ていた。

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