道を教えてもらいたい

俺は外出着に着替えて、広い台所で早めのお昼ごはんを作っている怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)に言った。

「じゃあ先に出るね。千歳が出かける時に戸締まりよろしく」

『半袖で行くのか? この寒いのに』

千歳は首を傾げた。

「上着も羽織るよ、でも二の腕に注射打つからさ」

『ああ、そうか。じゃあ、帰ったら無理しないで大人しくしてろよ』

「うん、そうする。じゃ行ってきます」

と言うわけで、俺は四回目ワクチンを打ちに出かけた。バス停まで行き、バスに乗ってしばらく揺られ、地下鉄駅前で降り、地下鉄に乗って四十分。懐かしいながら、あまり近寄りたくなかった駅に降りた。

立ち並ぶ駅ビルの間を縫って、集団接種会場のショッピングモールに向かう。見覚えのありすぎる町並みだけど、十年近くぶりだとやっぱり入ってる店が細かく変わってるな……特にここ数年はコロナ禍で、接客業は過酷だったろうしな……。

予約をしていたので、接種はすぐ済んだ。接種後の待機時間の十五分が面倒くさかったくらいだ。まあ、副反応本番は今日の夕方からだろうしな。

看護師さんに、「十五分経ちましたよ」と声をかけられ、お礼を言って会場を出る。実家最寄り駅だし、特に友達もいないけど、両親を知ってる人に見られたら複雑な思いだし、とっとと帰ろう。

だから、地下鉄の駅に入ろうとした時、後ろから声をかけられて少し驚いた。

「あの、すみません、道をお聞きしたいんですが」

振り向くと、セーラー服の中学生くらいの女の子がいた。ずいぶん小柄で、身長から言ったらランドセルのほうがしっくりくるくらいだ。

「道? どこに行きたいの?」

思わず、ほんの子供に話しかける口調になってしまう。でも、他にたくさん人いるのに、なんで俺に声かけたんだろ? 優しそうな女の人とか、おばさんとかのほうが声かけやすくないか?

女の子は言った。

「あの、和泉和漢薬って言う薬局の行き方がわからないんです。知ってますか?」

……和泉和漢薬。知っているどころではない、実家そのものだ。

「……そこに、どんな用事?」

思わず聞き返してしまう。両親は、今は主にネットで宣伝して通販で生計を立てているようだが、実店舗もバリバリに運営している。実店舗に行ったら、この子もうまく丸め込まれて、標準医療から遠ざけられて、効かない種類の漢方薬や間違った使い方のアロマオイルを押し付けられる可能性がある。

女の子は答える。

「用事っていうか、行かなきゃいけないんです。知りませんか?」

知ってる。駅の反対側に出て、十分も歩けば見えてくる。でも、教えたくない。被害者になるってわかりきってるのに、どうして行き方を教えたいと思う?

「……あの、ごめん、教えられない」

気がつくと、そう口走っていた。

「和泉和漢薬だけはやめた方がいい。ええと、漢方薬局なら、実店舗は遠くだけど、多田漢方薬局ってところがいいよ。最近、LINEのビデオ通話で漢方診断もやってるし、そこなら紹介できるよ。でも和泉和漢薬だけはダメだ、教えられない」

そこまで言って、いや、これじゃいきなり知らん漢方薬局の宣伝をし始めた危ない人だな、と思った。女の子の方も変だなと思ったらしく、訝しげな顔になった。

「……他の人に聞きます。失礼しました」

女の子はそう言うと、身を翻して駅の外に出て行ってしまった。

……いろんな意味で失敗した……。でも、和泉和漢薬に導線つけるような真似はしたくなかったんだよ……。

割と凹みながら地下鉄に乗り、家に帰った。千歳が親子丼と白菜の煮浸しを冷蔵庫に入れておいてくれていたので、温めて食べる。食器を洗ってから、コーヒーを作って少し仕事したが、腕が腫れて痛くなるにつれてだるくなり、頭も回らなくなってきたので、諦めて和室の布団に潜った。

しばらくして、玄関が開いた気配がし、千歳が帰ってきた。

『ただいま!』

「あー、お帰り……カレーおいしかった?」

『うまかった! あんみつとお汁粉もうまかったぞ! お前もうダメか?』

「割とダメ……」

『買い物もしてきたから、ワシしばらく家にこもれるぞ。安心して……』

千歳は言葉を切り、和室に入ってきた。

『……お前、変な霊と話しただろ』

「……霊?」

『ちょっと時間経ってるけど、気配あるぞ。なんか変な奴と話さなかったか?』

「え、話した人は特に、医療関係の人だけ……」

集団接種会場の受付や問診を思い浮かべたが、すぐに気づいた。もしかして、あの女の子か? よく考えたら、お昼前のあの時間帯、平日に、制服着た中学生が街中をうろついてるのはおかしい。

「あー……帰りに、中学生くらいの女の子に道聞かれたんだけど、それかな……」

『多分それだな、道教えたのか?』

「いや、教えられなかった」

『ふーん、じゃあ変な縁は多分できてないかな……でもお前が見えて話せるんじゃ、相当強力な霊だな』

千歳は俺の枕元まで来て、何かをちょいちょいと払うようにした。

『よし、これで気配飛んでった! お前はワシが祟ってるんだから、他のやつに祟られたりするなよ!』

「うーん、とりあえず、転んで知らない祠にぶつかったりしないように気をつけるよ……」

とすると、強力な霊が俺の実家への行き方を知りたかったということなんだろうか?

……霊に心当たりはないけれど、残念ながら実家はいくら祟られてもおかしくない所業をしていると思う。むしろ、祟られたほうが両親のためかもしれない。

その後は熱が出て深く寝たが、運のいいことに悪夢にうなされることはなかった。

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