番外編 漢方薬局店主、和泉釈の独白

嫁が捕まえてくる客は本当に御しやすい。全員意味もなく標準医療に拒否感を持っているし、どんな病気もアロマオイルで治そうとする人間ばかりだから、「ワクチンはいりません」「がんに手術はいりません」「がんも病気も漢方薬だけで直せます」と言う言葉をすっと信じてしまう。こちらはそれらしい漢方薬を選ぶだけでいい。

コロナが流行ってから、なおさらワクチン忌避・薬忌避の客が増えた。イベルメクチンだけが人気だ。

嫁自身もアロマオイルで病気が治ると信じ込んでいるらしいのが理解し難いが、客寄せにはなる。俺はアロマオイルなど全く信じてはいないが、金が儲かるならなんでもいい。薬剤師の免許を取った上で更に三年も漢方の修行をさせられ、その後も父親が死ぬまで同じ店舗で怒られ続けなければいけなかったのだから、これくらい稼がせてもらわなければ割に合わないのだ。

父親は十年前に脳溢血であっという間に逝った。いつまでも、「お前みたいなのが漢方薬の専門家を名乗るな」という態度だった。漢方薬なんて何出しても同じだろうと、喉が痛い風邪で来た客に葛根湯出そうとしただけで雷を落とす父親だった。

……息子が、父親の方を信頼して懐いていたのは今でも本当に腹が立つ。息子は薬剤師になりたがっていたが、漢方については父親から教わる気満々だったし、ある程度子供の頃から理論については教わっていて、知識だけはそれなりにあった。

父親の葬儀の後、しおれている息子が流石に少しかわいそうになって、「明日から気持ち切り替えて勉強しろよ、受験生だろ。薬剤師になったら、俺がいろいろ教えてやるからな」と声をかけたら、

「俺、薬剤師になるのやめる。お父さんの後は継ぎたくない」

ときっぱり言ったので、俺はどういうことだと怒ったが、息子は引かなかった。

「俺はおじいちゃんに教わって一人前になりなかったんだ。お父さんみたいになりたいんじゃない。お母さんがやってることも嫌だ。二人には協力できない」

俺は烈火のごとく怒り、母親のとりなしも聞かず、それから息子に声をかけることはなかった。誰が食わせてやってると思ってるんだと最後に言ったら、それを気にしたのか、息子は奨学金を取って家を出て行ってしまい、それから一度も会いにこない。母親とは連絡を取っているらしいが。

息子の方から謝るまで話してやらないと思っていたが、息子は謝ることはなく、そのまま十年が立ってしまった。

……いや、息子の不義理をどうこう言っていても仕方ない。仕事をすべきだ。

仕事には、販売と営業がある。営業と言っても、最近はネット中心だ。お気に入りに入れた数多のページを開き、ちょうどいいのを見繕う。今日もこれにしようか。

多田漢方薬局のページを開き、薬膳コラムを開いて、画像編集ソフトも開き、コラムの内容を書き写して画像にする。こうすれば検索に引っかかりにくいので相手に知られることはなく、それでいて、InstagramやFacebookに投稿して集客できる画像コラムができる。

多田漢方薬局は、少し前にリニューアルしたようだが、非常に読みやすく、初心者でもある程度知っている者でも満足する漢方・薬膳コラムが載っている。こんな物をタダで使えるのだから、ほんとうにネットはありがたい。

これを書いている人間は、多田漢方薬局の人間だろうか? どんな人間だろう?

……こんな風に、わかりやすく、それでいてちゃんとした知識を書く人間が父親だったら、俺はもう少し楽に生きられたかもしれないのになあ。

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