お前のいい人見つけたい
『なあ、夜ラジオ聞いてたら婚活ってやつのことを話してたんだけどさ』
朝ごはんの味噌汁をすすっていたら、怨霊(幼児のすがた)(命名:千歳)が話を振ってきた。何を話題にしてるんだ、深夜ラジオ。
『マッチングアプリってやつが流行ってるけど、やっぱり友達の紹介とか趣味で知り合うとかが手堅いんだって』
「まあ……そのほうが相手の身元が確かだね」
『お前、女紹介してくれるような友達いないのか?』
そこから来たか。俺みたいな零細フリーランスに女の子紹介したい人、いないと思うが。
「そんな友達は皆無だな……ていうか、友達自体がいないよ」
詐欺師みたいな親の金で育てられた罪悪感で、思春期から積極的に交遊関係を築いてこなかった。世間話程度に話す人がいなかったわけじゃないが、なんとなく自分から関係を作ることを避けてしまって、そしたら見事に友達がいない。
千歳は目を丸くした。
『友達いないって、お前……お前別に嫌な奴じゃないのに、なんでいないんだ』
「いないものはいないとしか……自分から作ろうとしないと、できないものなんだよね」
『そういえば、ここに来てしばらく経つけど、お前友達と会ったりとか遊んだりとか、全然してないな……』
千歳は納豆をかき回しながらつぶやいた。俺は言い訳するように言った。
「遊ぶのにもお金かかるし、第一、コロナだから顔合わせて遊ぶの制限かかっちゃってるしね」
『そうかあ、病気って嫌だなあ……でもじゃあ、お前、友達からの紹介とかで女探したりできないのか……』
千歳はあからさまにがっかりした。納豆をご飯に乗せてもぐもぐした後、なにか思いついたようでまた口を開いた。
『いや、それなら趣味関連でだ! 趣味仲間とか!』
「趣味?」
『お前、趣味とかないのか!? いつも仕事してるか寝込むかスマホいじってるかだけど!』
「スマホいじってるのは、仕事に使うような情報収集とか、無料のweb漫画読むとかしてるだけで、趣味と言える趣味はないです」
『もうー!!』
千歳は箸を握りしめて叫んだ。
だって趣味も金かかるし、ゲームもソシャゲも嫌いじゃないけど金かかるから学生時代は敬遠してたし、就職したら趣味に使えるような時間なかったし、退職してからは趣味に使えるような体力なかったし。
千歳は茶碗片手に吠えた。
『ワシはな! お前とその子孫を祟るんだ! 子供って大事なものだから、お前だけじゃなくてお前の子供とか孫とかにも祟って、お前に嫌な思いさせるんだ!! 早く作れ!!』
「そう言われても、人間は今のところ一人で子供作れないし」
仮に俺に子供出来ても、少なくとも七代祟りたい千歳だから、俺の子供に早く子孫作れってせっつきながら世話やきそうだな。
千歳はふくれた。
『ちくしょう、場つなぎに今のお前の大事なものにちょっかい出してやる』
俺は慌てた。
「ちょ、やりかけの仕事のデータとかはいじらないで! 俺の丸三日分の作業が!」
『そういう意味の大事なものじゃない! お前にとって、すごく大事で大切なものとか、なくなったら嫌なものとかだよ!』
「えー、大切で、なくなったら嫌なものねえ……貯金とか?」
千歳はあきれた顔になった。
『いや、確かに貯金は大事だしなくなったら嫌だけど、そう言うんじゃなくて! ていうか、もう物じゃなくてな、なんかこう、いなくなったらお前が悲しい奴とか、怪我したり病気したりしたら悲しい奴とか、いないのか!?』
「えー、それは……」
いなくなったら悲しい人……怪我や病気したら悲しい人……。
……いるな、目の前に。
千歳にいなくなられたらすごく悲しいし、怪我も病気もしてほしくない。怨霊が怪我や病気するものかわからないけど。
千歳は、中にたくさんいる人も核の人も、人生かなり辛かったみたいだから、これからは、なるべく痛みや苦しみとは無縁に、楽しくやっててほしい。
「えーと、その……」
俺が返事にまごついたので、千歳はなにか感づいたようだった。
『あっ、その反応はいるんだな!? どいつだ、ワシ会ったことある奴か!?』
「会ったことは……その……」
千歳が鏡見れば、会えると言えるかもしれないけど、ていうかこんなこと言うのすごく照れくさいし恥ずかしいな。
「いや、その、千歳がなにかしようと思っても難しい人だからね」
千歳はぐいぐい顔を寄せて問い詰めてきた。
『あの萌木とかいうおっさんか? それとも富貴って女か? 確かに、住んでる所わからないと何もできんが』
「いやその、萌木さんは確かに恩人だし富貴さんも普通に暮らしててほしいけど、今考えてたのは別の人」
『教えろ!』
「は、恥ずかしいからいやだ」
俺は千歳から顔を背けて、おかずの浅漬けをつつくことで追求から逃れようとした。
『ちょっとちょっかい出すだけだから! 怪我させたりしない! 誰だ!?』
「そ、その、言えない、あの、今日病院一緒に行くじゃん、帰りにミスタードーナツ奢るからどうか見逃してくれませんか!?」
『そんなんで見逃すか!』
「好きなだけ奢るから!」
そこまで言って、千歳はやっと考えるような表情になった。
『……うーん……。じゃあ、今度はドーナツだけじゃなくてしょっぱいパイも食べてみたい!』
「慎んで奢らせていただきます」
予定外の出費が増えてしまった。こないだ現金多めに下ろしてきてよかった。
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