お前に初物食べさせたい
『おい、初物だぞ! 食べたら寿命伸びるぞ!』
怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)が買い物から帰ってくるなり言った。なんだろうと思ったが、千歳が『星野さんから』と言いつつ、エコバッグから青いみかんを取り出したので、意味がわかった。
「星野さんち、いろいろ取れるね?」
『これは旦那さんの実家の庭のやつだって』
「いつもたくさんもらってるなあ、俺もお礼言ってたって今度伝えといてよ」
『言っとく!』
千歳はテーブルにみかんをいくつか置き、台所の冷蔵庫の前に行って荷物を整理しだした。俺は仕事の手を止めて、なんとなくみかんを手に取った。
初物で寿命が伸びるって、どこから来た言われなんだろうな? 寿命……まあ、健康なら長生きも悪くないけど、それでもいつかは終わりが来る訳で……。
千歳を見る。俺は、千歳に会うまで幽霊の存在を信じていなかったし、人間は死んだらそれで終わりと思っていたけれど、実際の問題として、霊は存在する。
霊が存在する世界では、死んだ後ってどんなものなんだ?
「あのさ、千歳、変なこと聞くけど」
『ん? なんだ?』
「寿命伸びるのはいいけど、千歳とか金谷さんみたいな人的には、寿命終わった後ってどんなもんなの?」
『……?』
微妙に意味がわからなかったらしい。千歳は冷蔵庫に品物を入れる手を止めて首を傾げた。
「いや、あのさ、千歳とか金谷さんみたいな人は、幽霊がいるって知ってて、死んだら幽霊になるってわかってるじゃん。だから、死ぬのそんなに怖くなくなるのかなって」
『いや、絶対幽霊になれるとは限らないしな』
「?」
今度は俺が首を傾げる番だった。千歳は説明してくれた。
『ええとな、霊感がある奴でも、感知できる幽霊って、幽霊になれる素質がある奴の魂だけなんだ。前もちょっと言ったけど、大多数はそういう素質なくて、幽霊になれない。生きてる時〈そういう〉素質があっても、死んでも絶対幽霊になれるとは限らない』
「そういうもんなの?」
『そういうもんだ。まあ、幽霊になれる素質がない魂も、生きてる奴に感知できないだけで、本当はその辺にいるのかもしれないけど。でも、そうだとしても、いるだけだ。何もできないし、誰とも話せない』
「ふーん……」
『だから、幽霊がいるってわかってる奴も、自分は幽霊にならないかもしれないから、死ぬの嫌だし、幽霊になれてもこの世で何かするには不便だらけだし、普通は素直にあの世にいったほうが楽だな』
千歳は冷蔵庫に物を詰めながら話した。
「あの世ってどんな感じなの?」
死後の世界って、それこそ宗教や国によって千差万別に語られているけど、その辺どうなってるんだ?
『幽霊によって言うことが違うから、よくわからん。一応、盆に帰ってくる奴の言うことは仏教っぽいけど』
「でも、キリスト教でも地獄とか天国はあるよね?」
『うーん、なんというか、ざっくりあの世があって、そこにいろんな地獄とか天国とか極楽があると思っとけばいい』
千歳は冷蔵庫に物を詰め終えて、扉を閉めた。
「そんな雑でいいの?」
『だって、この世だって、天国みたいな場所とか地獄みたいな場所とか、いろんな所にたくさんあるだろ?』
「まあ……それはそうだけど」
あまり馴染みのない世界観だ。でも、地球上のいろいろな死後の世界を包括して語るなら、そんなものなのかもしれない。
「俺は、じゃあ死んでも幽霊にならない感じかな?」
『絶対無理だな、お前みたいな弱っちい奴は』
「肉体的強度関係ある?」
『あることもある。まあ、お前、死んだら終わりだから、その前に女見つけて子孫繋げよ』
千歳はエコバッグを畳んで、千歳専用の物入れにしまった。
「いや、死ぬような予定は特にないけどさ」
大体の人は幽霊になれなくて、俺も多分幽霊にはなれなくて、やっぱり死んだら終わりなのか。
じゃあ俺は多分死んだ祖父にも会えないし、死んだらそこで終わりで、魂があったとしても、あの世に直行する以外何もできないのか。
俺は何だかすごくがっかりして、そしてがっかりした自分に気づいて少しびっくりした。祖父が死んだのはもう十年前だし、気持ちには整理つけたつもりだったけど、俺はまだ祖父に会いたかったのか。俺は、死んでも終わりじゃない世界に憧れていたのか。
……考えても仕方ない。俺は仕事に戻って、作業に集中して忘れることにした。
青いみかんは、千歳と夕飯のデザートに食べた。黄色いみかんより香りが良く、ちゃんと甘酸っぱくておいしかった。
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