自分の成果をほめられたい

怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)と、久々に病院に行く。ずっと電話診療で済ませていたが、いい加減直接診療しないとダメと言われたのだ。

受付を済ませて待合室に座る。そういえば前、病院に直接来たのは、千歳がうちに来て割とすぐだったな。ていうか、前に来た時、俺と千歳は生き別れのきょうだいって設定にしてしまった……。一応、千歳は戸籍上金谷さんときょうだいになる予定だし、訂正したほうがいいのかなあ。

千歳が話しかけてきた。

『なあ、今日、こないだ勧められた漢方薬出してもらえるのか?』

「附子理中湯? 出してくれませんかって言うけど、お医者さんの判断によるかな」

医師に呼ばれたので、診察室に入る。千歳もついてきた。

まだ若い医師が椅子に座って微笑む。

「対面はお久し振りですね、調子はいかがですか?」

「電話診療でお伝えしてるのとそう変わりませんが、まあ、微熱はなくなりましたし、以前より眠りの質が良くなりました」

「そうですね、全体的にいい方向のようですね。久しぶりにお顔を拝見して思いましたが、和泉さん、表情が柔らかくなってますよ」

「そうですか?」

思わず自分の顔を撫でる。千歳が来てすぐと今……まあ、そうだろうな。食事事情は大幅に改善したし、仕事でも稼げるようになったし、臨時収入もあったし……あと、毎日顔を合わせて喋る相手がいるのは、なんというか、いいものなんだよなあ。

それに、感情表現が素直で喜んでるのがわかりやすい相手だから、好きなものを俺の金で買ってあげたいとか、今幸せならずっとそうでいてほしいとか思うようになって、千歳が楽しくやれるように稼ぎたいと思って、仕事に張り合いが出てるのも、正直、ある。

「その、いろいろありましたが、千歳……付き添いの者が食事作ってくれるようになったんで、食事が大幅に改善しまして。仕事もうまく行ってて、経済状況よくなってきてるので、余裕が出てきたっていうのはあるかと思います」

「それは良かったです。今、大変なことや変わったことは、特にありませんか?」

医師は、手元のカルテにいろいろ書きつけながら聞いてきた。

「大変なことは、近々引っ越しがあることなんですけど。でも、臨時収入があったので、荷造りおまかせパックにしたんで、あとは電気ガス水道の手続きとか、ネット開通の手続きとか、転居届くらいなものです」

「引っ越しの負担は減らせるなら減らしたほうがいいですが、引っ越しで環境が変わるのはそれだけでストレスですから、用心してくださいね」

「でも、生活圏ほとんど変わりませんし、広くなって住環境良くなりますので」

「ごきょうだいもご一緒ですか?」

「えーと……そうです。ええと、いろいろあって、千歳は戸籍上別の家の養子になるんですが、書類上のことなので、生活は特に変わりません」

「養子ですか?」

医師は少し驚いた顔で俺と千歳を交互に見た。

「いや、その、養子になる詳しい経緯は言えないんですが、生活にはなんの変わりもないので」

そりゃそういう反応になるよな! でも、「付き添いの同居人は実は怨霊で、怨霊と縁を結びたい家がたくさんあったのでその中の知り合いの実家の養子になりました」とか言えないよ!

「そうですか……じゃあ、ごきょうだいにも和泉さんについてお話をお聞きしたいんですが、よろしいですか?」

ありがたいことに、医師は追求しないでくれるようだった。

『ワシか?』

千歳はきょとんとした顔で自身を指さした。

「一緒に暮らしている方から見た、和泉さんのご様子もお聞きしたいので。以前いらした頃と比較して、変わったところはありますか?」

『ええと……少しずつ良くなってると思う。まともなもの三食食べさせてるし。こないだ疲れて寝込んでたけど、最近はあからさまに調子悪いの減ったし……。毎日少しだけど散歩もしてるし……あ、でも、そこまで量食べないし、なかなか肉がつかないから、附子理中湯っていうの出してほしい』

「附子理中湯?」

俺は言い添えた。

「この前、漢方の専門家に体質診断してもらう機会があったんですけど、その時に、人参湯より附子理中湯のほうが体質に合ってるって勧められたんです。人参湯にひとつだけ生薬足した漢方薬なんですけど」

「ちょっと調べますね」

医師は机の上の小冊子を手に取り、めくった。

「ああ、なるほど……じゃあ、今回試してみましょうか」

「ありがとうございます」

俺は頭を下げた。

診察が終わり、会計を待っている時に思った。そういえば、千歳、今回の診察では大人しかったな?

「千歳、今日は自分からぐいぐい話さなかったね? 前回はもっと自分から話してなかった?」

千歳は腕組みして言った。

『いや、ワシがずっとお前に飯作ってた成果は医者から見たらどうなのかと思って、最初は医者の評価を静かに聞こうと思ったんだ』

「なるほど」

『医者から見ても良くなってるんだもんな! 新しい薬でもっと良くなるよな!』

千歳はにこにこ顔で言う。まあ、千歳のこういう話には『だからもっと稼いで女見つけて子孫作れ』がつくんだけど、それでも、俺の体が良くなってきてるのを喜んでくれる相手がいるのは嬉しいよな。

「まあ、うん、効くとしても冷え性とか下痢とかだけどさ」

俺は頭をかいた。漢方薬も体に合うやつなら結構効くけど、俺の体が良くなってるのは、千歳の存在がすごくあるんだよな。

「あと……食事だけじゃなくて、千歳が俺がうなされてる時になだめてくれるのとか、マッサージしてくれるのとかもすごく大きいよ。いつもありがとう」

『ワシ、よくやってるだろ?』

千歳は得意げに胸をそらした。

「うん、本当にありがとう」

『だから、ミスタードーナツでたくさんドーナツ選んでいいだろう?』

「……お腹壊さない程度にね」

千歳、食べようと思ったら量めちゃくちゃ食べるんだよな……いつもの食事、『たくさん食べた気になるから』って小さい子供の格好だけど、あれは相当マジなんだな……。

会計を済ませて薬局で薬を受け取った帰り、千歳はミスタードーナツでドーナツを七個も選び、俺はミスドの箱ひとつにドーナツ七個が全部おさまることを初めて知った。

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