フォースシーズン

好きと得意は区別したい

最近、夕飯後のくつろぎタイムに、怨霊(命名:千歳)から借りた狭山さんの小説を読んでいる。

「狭山さんの文章、読んでて文に全く引っかかりがないのがすごいね。違和感無しで読める文章って、実は技量いるもん。そこそこ登場人物いるのに、誰がどこで何してるのか混乱しないのもすごいよ」

俺はとてもほめたつもりだったのだが、千歳(黒い一反木綿のすがた)は不満げに口をとがらせた。

『話の筋が面白いとか言えよ』

「それも面白いけど、俺、一応文章で食べてるんで、文章の出来が気になるんだよ」

雑誌やWebコンテンツの文章の向こうに、書いた人やそのクライアントを透かして見てしまうのは職業病だ。広告案件だと、SNSでも書いた人やクライアントが透けて見える。

千歳は納得した。

『そういやそうか、お前も文章売って食ってるのか』

「小説とはまた違うけどね。でも、俺、狭山さんのデビュー前の小説もネットでちょっと読んだんだけど、あの小説以前は描写がかなり装飾過多なんだよね。読みやすさやわかりやすさという意味ではうまく書けてない。絶対デビュー作で一皮むけてるし、デビュー作の書き方に至るまでずいぶん工夫があったんだと思う」

『へえー、歴史があるんだな……』

千歳は身を乗り出してきた。もっと狭山さんの小説の感想が聞きたいのかと思ったが、俺の仕事の方に興味が出てきたらしい。

『お前も、仕事の文章書くの苦労するのか? もともと文章書くのうまかったのか?』

「うーん、文章書くのはド素人で始めたよ。本読むのは好きだったけど。でも、資料調べてまとめるのは多少経験あったのと、萌木さんが初心者Webライター向けの指南書をブログにしてて、それがすごく参考になったから、なんとかやれてる」

『そうだったのか、あのおっさん割とすごいんだな』

「おっさん呼ばわりしない。でも、最近思うのは、俺は文章書くの、やってて苦にならないし、それなりに要領よくやれてるし、これは得意ってことになるのかもしれないなって」

体力の問題がつきまとって、気軽に大量の仕事を受けられないのは確かだが、それさえなければ割とこなせている。周囲と比較しても、俺は作業が早い方のようだ。文章を書くことは全く人生の選択肢になかったが、人の適正は、やってみないとわからないところがある。

「学校の勉強とかしてるとさ、好きなことイコール得意なことになりがちなんだけど、別にそういうわけでもないんだよね」

付け足すように言うと、千歳は深く納得したように頷いた。

『あー、それはあるぞ、嫌いなことなのに、それしか能がないからそれでしか食えなかった奴を知ってる』

「誰?」

『こいつ』

千歳は、ボンと音を立てて、ヤーさんの格好になった。

『人を殴るのが嫌いなのに、人を殴るしか能がなかったんだこいつ』

一瞬理解が追いつかず、俺は固まった。

「え、実在の人物なのそれ!?」

『ワシの中にたくさんいるだろ、その中のひとり』

「そんなつながり!?」

俺は驚きつつ、ひとつ思いついたことがあって千歳に聞いた。

「千歳、定番の格好がいくつかあるけど、全部千歳の中の実在の人なの?」

『大体そうだな、変にならないようにツギハギもできるが』

千歳は、ボンと音を立てて女子中学生の格好になった。

『これは遊郭の女で、そこそこ好かれる顔の奴が水揚げしてちょっと経った頃を元にして、髪を短くした奴だろ』

次に、千歳はボンと音を立てて女子大生の格好になった。

『これは同じ女が性病になる直前を元にして、髪型変えた奴だろ』

またボンと音を立てて、千歳は、今度は男子中学生の格好になった。

『これはその双子の兄貴が陰間茶屋にいた時だろ』

またボンと音を立てて、千歳は、食事や風呂の時の幼児の姿になった。

『これはやたらたくさんいる子供で、飢え死にする前のわりと元気だった頃を適当に混ぜた奴だろ』

俺はかなり混乱した。今、ヘビーな話をさらっとたくさん聞かされた気がするけど!?

いや、千歳は一応怨霊だし、この世に怨みを持った霊の集まりらしいし、そりゃヘビーな経歴の霊のオンパレードか。しかし、人を殴るしかできない(そしてそれが嫌い)な人、遊女、飢え死にした子供……そういや陰間茶屋って、少年が客を取る風俗だっけ……つらいことだらけだったんだろうな……。

黒い一反木綿の格好に戻った千歳は、全く意に介していないようだったが、俺はフォローの必要を感じて言った。

「千歳はさ、今、大丈夫? 平気? 楽しい? ご飯好きなだけ食べてる? 好きなことできてる?」

千歳は不思議そうな顔をした。

『え、何だいきなり……。別に、今の格好になってから、病気も怪我もないし、調子悪いとか全然ないから、めちゃくちゃ大丈夫だぞ』

「健康なのはいいことだね……いや、健康なのはいいんだけど、普段なんか嫌なことない? ってことを聞きたい」

『嫌なこと……うーん……割とやりたいこと好きにやってるしな……食いたい物好きに作って食えてるし、お菓子も自分の金で好きなのが買えるし、星野さんとちょくちょくおしゃべりできるし、風呂にも入れるし……』

だいたい千歳の好きなことのオンパレードである。食べ物と風呂は俺がなんとかできるが、星野さんにはマジで感謝しなければならない。

『まあ、強いて嫌なことといえば、お前が体悪くて金がなくてモテなくて、なかなか子孫作らないことだな! 早く体強くして稼いで女見つけて子孫繋げ!』

千歳が割と楽しくやってるようなのはいいが、やっぱり話は俺の子孫繁栄に着地するんだな……。

「健康になるのと稼ぐのは努力するけど、それ以降は相手の必要なことなので、長い目で見てください……」

『あの女社長また口説き直せよ』

「富貴さん今妊婦さんだよ」

『そうだったのか!? くそっ、またいい女を先に取られた!』

「金谷さんをカウントしないでくれ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る