良さげな住まいを探したい
仕事中にかかってきた、不動産屋からの突然の電話に、俺は愕然とした。
「そ、そんな、いきなりそんなこと言われても……なんとかなりませんか!?」
「老朽化具合を考えると、もっと早くてもおかしくなかったんですよ」
「でも、そんな、今年いっぱいなんて」
「うちでも物件探せますから」
「そんなこと言ったって、ここと同価格帯の賃貸なんてあります!?」
「……努力します」
ないんじゃないか……。
電話を切り、何事かと寄ってきた怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)に、俺は絶望的な気持ちで告げた。
「このアパート、今年中に出なきゃダメだって……」
『ええ!?』
もともと浮いている千歳だが、そこからさらに飛び上がった。
『なんでだ!? お前割と大人しく暮らしてるだろ!? あっワシが聞いてる深夜ラジオの音が漏れて近所迷惑だったか!?』
「住み方の問題じゃなくて、老朽化極まるから、安全性確保できなくて、もう取り壊すしかないんだって……今年いっぱいまで、できるならもっと早いうちに出てほしいって……」
『そういう事はもっと早いうちに言えよ!』
「不動産屋は早いうちからやらなきゃってことだったんだけど、大家さんがずっとゴネてて、やっと取り壊していいって言ったのが最近なんだって……いや、どうしよう……」
引越し費用、確実に今より高くなる家賃、新物件への敷金礼金、引っ越し荷物のまとめにかかる時間と労力。きれいに暮らしているつもりだが、今の部屋の敷金が帰ってくる保証があるわけでもない。目が回りそうだった。
「……いや、そうだ、とりあえず金谷さんに相談しよう」
俺は思いついて言った。千歳は首を傾げた。
『なんで拝み屋に相談するんだ』
「金谷さんたち、俺たちに「今の暮らしを続けてほしい」って言ってたじゃん。今の暮らしを続けるのがピンチなわけだから、相談したら、引越し費用くらい持ってくれるかも」
『このアパート出ずに住むのが一番良くないか?』
「まあ、それが一番楽だけど、難しいと思うな……」
事情を手早く文章にまとめ、金谷さんにLINEする。すぐ既読が付き、「今すぐ具体的なお返事はできないのですが、上司と相談して、できるだけのことはさせて頂きます」と返事が来たので、俺はとりあえず胸をなでおろして仕事を再開した。
ただ、夜になって金谷さんから来た話では、やはり、引っ越しは免れそうもなかった。
「老朽化のせいでアパートを壊さなければならないとなりますと、私どもでも、どうにもできません。和泉さまには安全を確保した住居で暮らしていただきたいという観点からも、新しい物件に移っていただきたいと思います。引越しに伴う諸費用や、家賃が増えた場合の差額はこちらから援助できますが、物件探しについては、私どもでは一般の方以上のことは出来ません。それでもよろしければ、和泉さまのご希望に沿って物件を代理で探すこともいたしますが、いかがなさいますか?」
千歳に金谷さんからの返事を見せつつ、俺は言った。
「とりあえず、お金についてはなんとかなりそうだけど、引っ越さずにはいられないみたい」
千歳(夕食後なので幼児のすがた)はうなった。
『うまくいかないもんだな……せめて、いい部屋とか紹介してもらえないのか?』
俺は少し悩んだ。
「拝み屋の人とか神社の人が知ってる大穴物件って、人が死んでたり幽霊が出たり呪われてたりする事故物件しかないと思うんだけど、いいの?」
千歳は首を傾げた。
『ワシ、死んでるし幽霊だし、お前を祟りに来たんだが』
「……そういえばそうだった」
普段からよく話し、一緒に食事し、たまに巻き付かれて寝ているので、その辺のことはすぐ忘れてしまう。
『でもまあ、地縛霊はいないほうがいいな。じっとり執着してる奴と同居はしにくそうだ』
千歳的には、事故物件でも、霊が居着いてなければあり、と……。俺についても、そもそも霊感ないんだし、今なんて怨霊と同居してるし。誰かが孤独死か何かで液状化してた部屋だとしも、クリーニングや床の張替えがしてあって、見た目的にも衛生的にも大丈夫なら、特に問題はないんだよな……いや、身体的にはともかく、心理的には抵抗があるけど……。
ありか? 事故物件。
「いや、でも金谷さん、一般の人以上に物件知ってるわけじゃないってちゃんと言ってるしな……。とりあえず物件は俺で調べて、それでうまくいかなかったら、また相談してみよう」
『明日にでも不動産屋行くのか?』
「いや、大体の物件はネットで調べられるよ。ネットで当たりつけてから不動産屋に連絡する感じ」
『令和ってすごいな!?』
「平成の頃から調べられたけどね……」
金谷さんに、とりあえずこちらで物件を探して、費用については固まってからまた詳細をお伝えします、ありがとうございますと返信して、スマホでSUUMOだのアットホームだののサイトを開いた。
「千歳は、何か物件の希望ある?」
物珍しそうにスマホを覗き込んでくる千歳に聞く。簡潔ながら、力強い返事があった。
『今のスーパーに通えるところがいい。そうじゃないと星野さんに会えない』
もっともな要望である。俺も、千歳と星野さんでは、できるかぎり仲良くしていてほしい。
「俺も、なるべく生活圏変えたくないし、その条件で探すよ」
『頼んだぞ』
というわけで、いくつか不動産サイトを調べた。しかし、地域を限定すると、どれも今より家賃が高くなるし、物によってはそこに共益費がドンと乗る。費用を金谷さんたちが援助してくれるとしても、なるべく抑えたいな、と思いながら探していたら、その物件を見つけた。
最初、値段の設定ミスかと思った。今の部屋(風呂トイレ別キッチン付きワンルーム)より一部屋多いのに、今の部屋より千円安いのだ。台所がある部屋がかなり広いので、実質三部屋。しかも敷金礼金ゼロ、共益費もゼロ。部屋の写真をパノラマで見ても、とても明るく、風通しが良さそうだ。
「……いや、都合良すぎだろここ。事故物件かな? それとも、近所がものすごくうるさいとか?」
一緒にスマホを見ている千歳はずいぶんこの物件に乗り気だった。
『安くていいじゃないか! スーパーも近いし! 今より広い! 変な奴がいたら、ワシがおどかして黙らせてやるぞ!』
心霊関係だとしたら、千歳はとてつもなく頼りになると思うが、生きてる人間相手には、なるべく大人しく過ごしてほしい。
「地縛霊がいたらおどかして追い出してほしいけど、ご近所には穏便にね……とりあえず、内覧申し込んでみるよ。行ってみて、中も周りも見ないと、わからないこと、たくさんあると思うし」
コロナ禍なので、不動産の人との接触は避けたい気持ちもあるが、やはり行ってみないとわからないこともある。写真ではわからない問題(悪臭など)があるかもしれないし。
スマホに入れているスケジュールを見て、余裕のある日を選んで内覧希望を不動産サイトに送った。翌朝、朝イチで返事が来て、第一希望の日に内覧できることになったので、ひとまず千歳を連れて内覧に行くことになった。
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