初めて映画を楽しみたい
富貴さんからLINEで「久しぶり。この間はうちの子会社が世話になって、どうも」と連絡が入った。「大したことではないです」と返信したが、その後、執拗に飲みに誘われている。
「旧交を温めない? いいお酒と料理食べさせてあげる」
「ごめん、今の俺だとお酒あんまり飲めない」
「モクテルに力入れてるお店にしてあげる」
「今の俺だと、体調的にあんまり遠出できない」
「私からそっちに行ってあげてもいいのよ。どうしても遠い店しかなかったら迎えに行ってあげる」
「ていうか、今の時期コロナすごく増えてるし」
「今後もっと増えるだろうから、今のうちにって見方もあるでしょ?」
さらに追加で返信がきた。
「感染対策に加えて抗原検査もやってくれる店で、モクテルもいろいろ作ってくれるところ、そっちの市内に見つけたから。料理も評判いいところ。迎えに行ってあげてもいいけど? 自力で来る?」
店のサイトのアドレスまで送られてきた。距離的には遠いが、最寄りのバス停からバス一本乗れば行ける駅のすぐ近くだ。これはもう逃げられない。
怨霊(命名:千歳)に相談しようか迷ったが、千歳はノリノリで飲みを勧めてくるだろうし、困った。
当の千歳(黒い一反木綿のすがた)はタブレットをにらみながら悩んでいる。星野さんが旦那さんと見に行った映画がとても面白かったらしく、俺がその映画について「すごく評判いいよ、狭山さんも作家名義のTwitterでよかったってほめてた」と伝えたら、完全に見に行く気になったようだ。でも映画館のサイト(これも俺が教えた)で調べたら、人気映画すぎて、ちょうどいい時間に空きがないのだ。
「レイトショーか夕飯時しか空いてないな……飯だけ作って見に行くのはまあできるが……どうしようか……」
折よくというか折悪しくというか、映画館は、富貴さんに指定された店がある駅にある。
たまには千歳が夕飯作りを気にしない日があったっていい、と思う。あと、映画館があるのは千歳が行ったことのない駅なので、すごく見たい映画でも、初めてのところに一人で行くのが苦手な千歳は、単独で映画館に行くのは気がすすまないだろう。
俺は決めた。富貴さんからの嫌味は甘受して、千歳のためと思って行こう。
「千歳、俺、近々夕飯いらない日があるんで、その日に映画行く感じはどう? 映画館まで送るよ」
『え?』
「その映画館がある駅、俺、行く用事ができるから」
千歳はタブレットから顔を上げて、不思議そうな表情で俺を見た。
『どうしたんだ? 用ってなんだ?』
「その、富貴さんにめちゃくちゃ飲みに誘われてて。ちょうど映画館がある駅の店でさ」
千歳の顔が、ぱっと明るくなった。
『脈ありそうじゃないか! ちゃんと口説いてモノにしてこい!』
「絶対に嫌味言われたり怖いこと言われたりで終わりだよー、最大によくても、何か仕事頼まれるだけだと思う」
『仕事もぎ取った上で口説いてモノにしてこい!』
「そんな無茶な……」
富貴さんの件から、なんとか千歳の気をそらしたい。俺は、千歳の好みそうな話題を考えて言った。
「まあ、千歳は映画とポップコーン楽しんできな。キャラメルポップコーンとか、千歳は好きになると思うよ」
『キャラメルポップコーン?』
やっぱり千歳はキャラメルポップコーンを知らなかったらしい。初めて聞いた言葉だと言うように首を傾げた。まあ、多分平成に入ってから広まってるよな。
俺は答えた。
「ポップコーンにキャラメルソースまぶしたやつ。ちょっとベタベタするけど甘くて人気」
『食べる!』
「ナゲットとかホットドッグとか、フライドポテトとか、ジャンクフードだけど食べ物いろいろ売ってる映画館だし、いろいろ食べてきなよ。あと、カルディって言って、いろんな国の食べ物がある面白い店が近くにあるから、そこも教えとくね」
『変わったお菓子売ってる店か?』
「他であんまり売ってないお菓子がたくさんあって、しかもおいしいって評判」
『行く!』
そういうわけで、週末の夜に二人で映画館のある駅まで行くことになった。
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