初めて手紙送りたい

朝起きて、なんか調子がいまいちだった。一応布団から出られたし、怨霊(幼児のすがた&女子大生のすがた)(命名:千歳)に付き合ってもらってラジオ体操したり散歩したりもしたし、朝ごはんも食べたし、食器も洗えたけど、なんかしっくり来なかった。でも、パソコンに向かって、仕事に手を付けて、でも三十分経っても一時間経っても全く進まなくて、そこで初めて「体は動くけどやっぱり調子が悪くて頭脳労働が全然できない」状態であることに気づいた。

スマホのアプリを見ると、がっつり低気圧だったし、雨の予報だった。前なら、起き上がるのも無理でおかしくない。それなのに起きて体を動かせるというのは、体良くなってるのは確実なんだろう。でも、頭脳労働が問題なくできる程度に良くなってるわけではない、と。

予定をチェックしたら、スケジュールには十分余裕があった。そういえば、先週は土曜日も仕事していた。

調子悪いときに無理にやろうとしても進まないことも、休んで調子を良くしてから取りかかった方が仕事が進むことも、俺は身に沁みてわかっている。少し悩んだが、俺はパソコンから離れて、「今日は休み」と宣言した。

台所で何か作業していた千歳(女子大生のすがた)がこっちを見た。

『調子悪いのか? 寝るか?』

「いや、寝たいほど調子悪いわけではないけど……ちょっと、今日はパソコン作業しないでのんびりする」

『ふーん』

と言っても、かなり暇だ。スマホでざっと時事ニュースを流し見したが、それでも十五分かそこらしか経っていない。俺は台所の千歳のところに行った。

「なんか手伝おうか?」

『じゃ、アジの開き焼けたら身をほぐせ』

「そのまま食べないの?」

『星野さんにきゅうりと大葉もらったから、昼は冷や汁食いたいんだ』

星野さんの旦那さんは畑いじりが趣味だそうで、「二人じゃ食べ切れないから」と、最近、夏野菜をたくさんくれる。俺はそのうちお礼しなければと思っていたが、星野さんとしては、夫婦二人で消費しなければいけないトマトやナスやきゅうりやピーマンを大量においしく食べられるレシピを教えてもらえれば、それでいいということだ。そういうわけで、このごろの千歳はレシピ探しと研究に余念が無い。

それはともかく、あまりなじみのない料理名だったので、俺は首を傾げた。

「冷や汁? きゅうりの冷たい味噌汁だっけ?」

『そこにアジのほぐしたのと、豆腐と、大葉と、あとみょうがとかも入る』

千歳の言葉通り、台所には、薄切りきゅうりだの千切り大葉だのがあった。丸のまま転がっているみょうがは、今から切るのだろう。

「結構ボリュームあるんだ? でもおいしそう」

『始めて作るからレシピ通りに作るし、ちゃんとした味になると思うぞ。今から作って冷やしときたいんだ』

午前はアジをほぐしたり、千歳から借りた狭山さんの小説に目を通したりして、冷や汁に舌鼓を打った後は、千歳が狭山さんに小説の感想を送りたがっていたので、LINEでそれを代筆することにした。

『いっぱい書きたいことあったから、たくさん書いた!』

「結構あるね……」

タブレットに単語を打ち込んで検索するのはできる千歳だが、タブレットで長文を書くのは慣れなくて無理らしい。狭山さんに送りたいと言う感想は、全部紙に書いてあった(きれいな字とは言い難いが、読みやすい字ではある)。この長さだと、パソコンでLINE開いて打ち込んだほうが早いな……いや、でも。

「このご時世、肉筆のほうが味があるかも。この紙、スマホで撮って、写真そのまま送るのはどう?」

千歳は驚いた。

『え、そんな、殴り書きだぞ!』

「ちゃんと読みやすい字だし、大丈夫だよ。手書きだってわかる方が、狭山さんも嬉しいと思う」

『そうか? じゃあ写真でもいいが……』

狭山さんに、千歳が狭山さんの小説に熱中していること、そのうち千歳が感想を送りたがっていることは、以前にすでに伝えていた(千歳がきついニュースにあてられてた時なので、助かりましたと言うことも伝えた)。なので、紙の感想になった事情を説明して、「今から千歳の感想の画像を送ります」と送った。それから感想の紙を全部写真に撮って、それも送った。

すぐ既読が付き、そして返事が来た。

「……狭山さん、この感想の紙欲しいって」

『え!?』

「せっかくの物理感想だから、手元において大事にしたいって。送ってもらうことは可能ですか、だって」

『書いたの、百均のメモ帳だぞ!?』

「それでいいって。なんか、電子で読めるこの時代に、わざわざ紙に書いてもらえるファンレターって貴重なんだってさ」

千歳は頭を抱えた。

『時代の変化についていけん……ええー、百均のメモ帳なのに……便箋とかに書くべきだったな……』

追加返信が来た。狭山さん的には自分の住所を教えることに全く支障はないが、こういうのは編集部を通して送ってもらえると、小説家としての実績になるのでとてもありがたい、ということだった。そういうわけで、俺は家の中をひっくり返して封筒を探し、千歳はその封筒に、編集部の住所を書いて感想の紙を全部納めた。

『切手貼らなきゃなあ、この近くの郵便局ってどこだ?』

「切手なら、コンビニでも買えるよ」

『え!? 令和ってそうなのか!?』

「令和の前から買えるけどね。こないだチョコミントアイス買ったコンビニ、確かポストも併設してるコンビニだから、そこで買うといいんじゃないかな」

『じゃあ、そこ行ってくる!』

「いってらっしゃい」

封筒を探すのにしばらくドタバタしていたので、スマホを放りっぱなしだった。LINEに入った別の人からの連絡に、しばらく気づかなかった。

富貴さんからの連絡だった。

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