番外編 狭山誉の話 その3
夜になって、僕はいろいろ考えて書いた文章をあかりさんに送った。一応物書きをしているけど、自分の文章がうまいと思ったことは一度もなく、いつだって自分の文章力のなさに歯噛みしている。
送った文章では、まず、あかりさんと何の話をしていいかわからなくて飼い猫の話しかしてこなかったことをちゃんと謝った。そして、自分もあかりさんと仲良くしていきたい気持ちがある、そのために、これからは自分のこととか、自分のやってることも話していくので、聞いてほしい、ということを率直に伝えた。
あかりさんも忙しいし、別に無理に僕の作品を読まなくていい。でも、続きを待たせている読者もいるしコミカライズの監修もあるしで、僕は今後もライトノベル作家を続ける。だから、ジャンルとタイトルくらいはあかりさんに知っていてほしい。
既読は割とすぐに付いたが、返事が来るまでいつもより時間がかかった。ドキドキしても消耗するだけなので、僕は膝の上で寝ているクー(黒猫だからクー、我ながら安直な名前だ)のお腹を無心で揉みつつ、あかりさんの返事を待った。
返事が来た。
「小説家のことは詳しくないけど、教えてくれるならちゃんと聞きます」
追加でLINEが来た。
「狭山さんの小説も時間作って読みます。あと、狭山さんちのクーちゃんはいつも狭山さんのことを信頼しきってる感じで岩合さんの写真みたいにかわいいから、今後も写真見せてほしいです」
読んでくれるんだ、読者が増えるのはいつだって新鮮に嬉しい。ていうか、ねこ歩きの大御所と並べられる日が来るとは思わなかったな……黒猫だから、写真かなり撮りにくいし、それが素人写真ならもっとまずい写真だと思うんだけど。
僕は、読んでくれて嬉しい、ありがとうと伝えて、和泉さんと千歳さんに会ったことも伝えた。
「あの二人に会ったんですか? 驚きませんでしたか?」
「最初ものすごく驚いたんですけど、和泉さんに説明してもらって、とりあえず心配しなくていいってわかりました」
「実は、狭山さんがこの業界にもう少し詳しくなったら、千歳さんを怨霊として状態を見てほしいって話があったんです、狭山さんから見てどうでしたか?」
「凪の海みたいに安定してて、すごく満足してる感じでした。誰かを祟ったり脅かしたりするような状態には見えませんでしたね」
「やっぱり、今の状態を保つのがいいみたいですね」
「和泉さんも千歳さんの動かし方よく知ってるみたいでしたし、あのままなら普通に生活してるんじゃないですかね」
僕は追加でLINEを送った。
「あかりさん、あの二人に、僕のこととか話してたんですね」
すぐ返信がきた。
「お見合い前にちょっと相談しました。あの二人、生まれも育ちも立場も違うのになんでかうまくやってて、私は狭山さんと生まれも育ちも立場も違うから、狭山さんとうまくやる方法が聞きたいと思ったんです」
そんなつながりか。そういえば、そういうことを和泉さんも言ってたな。
「どんなアドバイスもらったか聞いてもいいですか?」
「和泉さんに、千歳は話がわかる方だからうまくやれてるので、もし話が通じない人だったらやめといたほうがいいっていわれました。話がわかる人ならがんばってみたら、みたいな感じで」
……あかりさんとしては、話がわかる相手なのか? 僕は。
「僕は、あかりさん的には話がわかる相手なんですか?」
「私に丁寧に話してくれるから、大丈夫だと思いました」
たしかに丁寧語で話してはいるけど、それだけで?
どういう意味か、ちょっと計りかねて返信に困っていたら、追加LINEが来た。
「私はまだ子供の年で、女で、だから侮られたり軽く見られたりも結構あるんです。仕事の時なら、私は素質ある方なので成果を見せて黙らせちゃうんですけど、仕事じゃないときはダメなこともあって。でも狭山さんは、お会いしたときも丁寧な言葉遣いでずっと話してくれたし、私のことちゃんと扱ってくれてる気がしたから、だから狭山さんなら話が通じると思いました」
丁寧語にそんな効果が……。
いや、そりゃ女子高生とはいえ、小さい頃から仕込まれて今一人前に働いてる人にそうそう軽口叩けないよ。しかもお見合いの席で。
……ただ、まあ、年のいってる人やあかりさんの背景を知らない人だと、女子供と侮って、あかりさんを不当な扱いする人もたくさんいるんだろうな、とも思う。
あかりさんからまたLINEが入った。
「狭山さんの小説、電子書籍でも読めますか?」
僕はあわてて返信した。これは入手すればすぐ読んでくれる人の言葉だ。
「各種電子書籍で読めます、むしろ電子書籍のほうが売れてます。女性向けレーベルで異世界転生ものだけど、別に悪役令嬢ものみたいな旬のジャンルではないから、ちょっととっつきにくいかも」
少し経ってから返信が入った。
「どっちも漫画とかで流行ってるみたいですけど、普段読まないからとっつきにくさはよくわかりません」
……ライトノベルや漫画に染まってない人の発言である。僕はもうちょっとジャンル外の人のことも考えないといけない。これだからオタ趣味にどっぷり浸かったオタクは。
既刊を全部読んだあかりさんに、小説の続きをものすごくせっつかれるのは、もう少し先の話になる。
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