番外編 狭山誉の話 その2
街で出くわした天災級の霊とその連れが、僕のお見合い相手の名前を知っていたので、変な沈黙が降りた。いや、今ここで返答すべき順番にあるのは僕なわけだけど。
僕は聞いた。
「あの……金谷家のことは、すでにご存知なんですか?」
霊の連れの男は、頭をかきながら答えた。
「ええと、家という単位で知り合ったわけではありませんが、金谷あかりさんと金谷司さんとは何度か会って話してますし、そのご実家とは仕事の関係も持ってます」
え、あの兄妹と知り合いで、金谷家と仕事してる!? もしかしてものすごい霊能者とか!? 全然そう見えないけど!
「も、もしかしてそういう関係の方なんですか!? 実はすごい力とかでこの霊に対抗できたり!?」
「いや、霊感みたいなものはまったくないです」
「ど、どういうことですか……?」
僕は困惑するしかない。男の方も少し困った顔をした。
「ええと、別に隠すことではないので、説明はできるんですが……、その、ちょっと場所移しませんか? 注目されてるので……」
僕ははっとした。ここは駅前、そこそこ人通りのある道。道行く人たちがかなり見てきている。大声出したのは僕だし、その後も霊がどうのこうの言ってたら、それは注目される。
男の隣の霊は不機嫌そうに眉を寄せた。
『ワシ、スーパー行きたい』
「うーん、多分ちゃんと説明したほうがいいし、千歳がいると説得力あるから来てほしい」
『でも』
「そこのマックにチョコミントフラッペあるよ、おごったげるから」
霊の目の色が変わった。いや、たぶんこの霊は自分の目の色彩を変えるくらい、なんてことないが、そういう意味じゃなくて目がキラキラした。
『チョコミント? フラッペってどんなのだ?』
「細かいかき氷にシロップとか混ぜて、なめらかにしたシャリシャリした飲み物」
『早く行こう!』
霊の、多分核に引っ張られて、中にいるたくさんの霊が全部チョコミントフラッペに向いた状態になった。表情からも、チョコミントフラッペのことしか考えてないことが伝わる。
……この人、〈そういう〉素質はないみたいだけど、この霊の操縦方法はよくわかってるんだな……。
男が僕を見た。
「そういうわけで、すみませんがそこのマックに移動しませんか? 詳しいことは、そちらでお話します」
霊はチョコミントフラッペのことしか考えておらず、差し迫った危険がないことはよくわかったので、僕は彼らについて行くことにした。
男は霊に財布を渡して品物を買って持ってくるのを頼み、フードコートに席を取って名乗った。
「和泉と申します。Webライターをやっています。あっちは怨霊の千歳です。最初は特に名前なかったんですが、呼ぶのに困るので、私の方で名前つけました」
怨霊は、チョコミントフラッペ一つとアイスアールグレイティー二つをトレイに乗せて持ってきて、なぜか偉そうに言った。
『割と縁起のいい名前だろ?』
和泉さんの方は僕に特に機嫌を悪くしていないようだし、怨霊(千歳?)もチョコミントフラッペで機嫌が治ったようだ。僕は恐縮して答えた。
「狭山といいます、僕も物書きのはしくれでして、小説で食べてます。すみません、こちらから声かけたのに先に名乗らず」
僕は頭を下げた。そして、和泉さんにいろいろ話してもらって、次のことがわかった。
・怨霊(千歳)は確かにとんでもなく強力な霊だが、今の所進んで人を傷つけたことはない
・金谷兄妹が属している派閥は、怨霊に危険のない今の状態を維持したいので、二人が今の状態でいられるよう支援している
・千歳本人も和泉を祟るので忙しいと思っていて、よほどのことがない限り他人を脅かしたりしない
・なので心配することはまったくない
完全に、何も知らなかった僕の誤解だ。心霊業界に入ってから、いろいろと教えてもらっているが、知るべきことが多すぎて少しずつしか学べていないし、こんな特例中の特例みたいな事例なんて知る由もない。でも悪いのは完全に僕である。
僕は、大変に恐縮して和泉さんと千歳さんに謝った。
「こちらが何も知らず完全な勘違いで……申し訳ありませんでした」
和泉さんは、気にしないでほしい、というように体の前で手を振った。
「いえ、誤解が解けたならそれで。私もそのうちここ来て、千歳にチョコミントフラッペ頼みたいと思ってたので」
「いや本当に申し訳ない……この業界を知って一年も経ってないもので……」
千歳さんは、和泉さんの話を聞きながら時折茶々を入れ、チョコミントフラッペを満足気にすすっていた。その状態は手にとるようにわかるが、この霊は、チョコミントフラッペのことを除いてもずいぶん満足していて、祟るような状態ではないと思う。和泉さんに執着はあるようだけど。
「あの、よければお聞きしたいんですが……和泉さんは、なんで千歳さんに祟られてるんですか?」
和泉さんは苦笑した。
「ああ、転んで千歳のいた祠を壊しちゃいまして、それからです」
千歳さんは和泉さんを指さした。
『末代まで祟ってやろうと思ったのに、こいつ金なくて体も悪くて自分が末代だとか絶望的なこというから、子孫繋がせるために今ワシはいろいろやってるんだ』
「主に食事作りや買い物や布団干しをやってもらってます」
「そ、そうなんですか」
主婦じゃん。なんで怨霊がそんなことやってるの?
ていうか、転んだだけでかわいい女の子にいきなり転がり込まれて、家事いろいろやってもらえるとかなんのご褒美? 漫画でもラノベでもベタすぎてそうそうない展開だよ、いや、転んで頭打っただけで霊感発動して、そのおかげで女子高生拝み屋が婚約者に内定したラノベ作家の僕が言えることでは全然ないんだけど。
和泉さんが口を開いた。
「あの、ところで、金谷あかりさんとお知り合いで、狭山さんというお名前ということで思ったんですが」
「何でしょう?」
「もしかして、金谷さんとお見合いされた方ですか?」
アイスティーが鼻に逆流するかと思うほどびっくりした。なんでそんなことまで知ってるの!? あかりさんにそんなことまで話されるくらい親しいの!?
「そ、そんなことまでご存知なんですか!?」
千歳さんも、何かを思い出した顔をした。
『あ、そう言えば、あの時、狭山って言ってたな!』
「ええと、以前に金谷さんからそんな話を聞いてまして。前に、金谷さんに、生まれも育ちも立場も全然違う人とうまくやっていくにはどうすればいいかって聞かれたんですよ」
千歳さんが興味深げに身を乗り出した。
『お見合いでちゃんと話したか? 飯の話したか?』
なんで人のお見合いに興味津々なんだ、この怨霊は。
「た、多少はしましたけど、それより飼い猫の話が受けが良くて……」
お見合いの席を思い出す。それほどかしこまった席ではなかったけど、まだ高校生の女の子が緊張した面持ちで、「狭山さんといろいろお話ししたいです。よろしくお願いいたします」と言ってきて、二十九歳非モテ独身としては相当テンパった。お見合い終了後、相手から「今後もお付き合いしたいです」と返事が来たのが、未だに信じられない。
『金谷ってやつ、あんたとうまくやりたがってたぞ。あんた的にはどんな感じだったんだ?』
「と、とりあえず、あかりさんは僕のこと何故か好印象だったみたいなので、今後もお付き合いすることになりまして」
千年さんは、なんだかあきれた顔になった。
『いや、金谷じゃなくて、あんたがどんな感じだったか聞いてるんだ』
「いや、僕はケチつけられる立場では……あんな若い女の子が結婚してもいいって言ってくれるだけで、もう御の字です」
僕は、一年前に頭を打って発現した能力に混乱しまくったせいで、当時ポスドクとして勤めていた大学でうまくやれなくなった人間だ。二十七まで学生やって博士になって、ポスドクルートの時点で人生ハードモードなのに、ポスドクとして働くことまでダメになった。
趣味で書いていた小説が出版社に拾われてて多少稼ぎがあったのと、発現した能力を心霊業界に見出されたおかげで、今の所食えてるレベルだ。結婚なんてとても考えられなかった。
そんな所に、結婚してもいいと言ってくれる女の子がいるだけで、僥倖すぎるだろう。
千歳さんは口をとがらせた。
『あいつ、若いだけじゃないだろ。安産型だし、あの年で言葉遣いしっかりしてるし、ちゃんと働いてるし、将来のこと考えて今からいろいろやれるし。割といい女だと思うぞ?』
……安産型と言う目で見たことはないが、確かに、あかりさんはあの年ですごくしっかりした子だ。話していても言葉遣いがちゃんとしていて、話し方がハキハキしていて、コミュ障の陰キャとしては割と消えたくなる。
「僕なんかにはもったいない子です……」
和泉さんが口を挟んだ。
「まあその、金谷さんは狭山さんと仲良くなりたくてかなり努力してたので、狭山さんに好意を持ってもらえたら、喜ぶと思いますよ」
「そ、そうなんですか?」
僕と結婚してもいいってだけで女神のようなのに、あかりさん僕と仲良くするために頑張ってたの? 神か? いやもう女神だった。
和泉さんは言葉を続けた。
「あのですね、狭山さんがあんまりへりくだりすぎても、それは金谷さんに好意とは思ってもらえないんじゃないかと……まあ、私も女性に縁がある方じゃないので、自分に釣り合わないくらいいい人にぐいぐい来られたら、萎縮してしまうのはわかるんですが」
……好意。
……あかりさんと何を話していいかわからなくて、無難で受けのいい飼い猫の話くらいしかできていないのは、実はかなり後ろめたかった。あかりさんは、はっきりと「狭山さんといろいろお話したい」と言っているのに。あかりさんとは、LINEもちょくちょくするけど、やっぱりクーの画像送るばかりで、自分の話を何も出来ていないし。
僕は、あかりさんをどう思うか。好意はあるのか。
相手が若い女の子というだけで萎縮してしまって、思考停止してしまったところはあると思う。でも、あかりさんはちゃんとした子だと思うし、その子が僕と仲良くしたいと思って、そのために努力もしているというのなら、僕もできるだけそれに答えたい。
飼い猫の話ばっかりじゃだめだよな、やっぱり。
僕は口を開いた。
「あの、あかりさんとお二人は、割と親しいんですよね?」
「え? ああ、まあ……個人的な相談をされることもあります」
『甘いものよく奢ってくれるぞ!』
「……その、ですね、あかりさんと、僕もちゃんと距離を詰めたいと思うので、今後、たまにでいいので相談に乗っていただけませんか?」
和泉さんは意外そうな顔をしたが、返事は了承だった。
「まあ、私にできることであれば」
「LINE交換してもいいですか?」
「ああ、大丈夫です」
お互いスマホを出して、QRコードを読み取り合う。和泉さんの下の名前、豊っていうのか。
「ありがとうございます、ここ僕お金出します、千円あれば足ります?」
和泉さんはびっくりした顔になった。
「いや、いいですよ、ここに移動しようって言ったのこちらなので」
「いえ、僕が声かけたのがもともとなんで」
「えーと、じゃあ、私と狭山さんのお茶分の二百円だけでいいです、チョコミントフラッペは私の方で出せるので」
僕が全額出すのがスジだと思うけど、ここまで言ってくれてるのに、粘るのもそれはそれで悪いかもしれない。
「じゃあ、すみませんが二百円」
「どうも、頂戴しました」
百円玉を和泉さんに二枚渡して、二人と別れる。二人はスーパーのある方に歩いていった。
……僕も同じスーパーにレトルトカレー買いに来たわけだけど、そんな気分じゃないし、改めて出直そう。レトルトカレーよりも考えなきゃいけないことがあるし。
……あかりさんに、これからはもうちょっとちゃんと話す、ということを言わなきゃならない。直接会う機会はしばらくないから、まず今夜LINEで謝って、ちゃんと言おう。
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