番外編 狭山誉の話

レトルトカレーの品揃えがやたらいいスーパーがあるから二駅離れた駅まで来ただけなのに、いろいろ選んで買い込みたかっただけなのに、なんでこれまでの人生で最強最悪の霊に巡り合うんだ。いや、霊の存在がわかるようになって一年も経ってないけど。

ここの駅に立ったときから何かゾクゾクした。ただ事じゃないと思ったので気配を追って(こういう能力を探知というらしい)、歩いてきたら駅ビルにたどり着いた。ビルのエントランスで入ろうか迷っているとひときわ気配が強くなり、驚いていると、エントランス近くのエレベーターから若い女の子とその連れらしき男性が出てきた。

女の子の方が、気配の元だとわかった。かわいらしくて健康的な見た目をしているのに、数え切れないくらいたくさんの霊が、あの中に蠢いている。

なんでこんな数の霊が安定して存在してるんだ、核がよほどちゃんとしてるのか、核がたくさんの霊を集めておく素質があるのか。状態としてはごく凪いで落ち着いているのが、逆に怖い。

男が女の子に話しかけた。

「こっちのスーパー、変わったお菓子でもあるの?」

『変わってるかは知らないけど、なんか品揃えがすごく良くて、おいしいのがたくさんあるんって星野さんが言ってた』

「そうか、いいのあるといいね」

『うん!』

女の子(霊)が普通に受け答えしているのが逆にめちゃくちゃこわい。あの男一体何者なんだ、特になんの素質もなさそうだけど。

いや、なんの素質もないから、怖さが何もわかってないんだろうか。あの男、あの霊に何か騙されてるとかじゃないだろうか。あの霊は人の精気とか吸って安定してるんじゃないだろうか、あの男かなり痩せてるし。いや心霊関係に足踏み入れたの最近だから詳しくないし、霊が精気なんて吸うものなのか知らないけど。

でも、あの霊が天災級にヤバいことだけはわかる。

僕は霊の状態だけはよくわかる。それを見込まれて心霊業界に引き込まれたし、その素質を子孫に残してくれと拝み屋の女の子とお見合いさせられたくらいだから、客観的に見てもそこそこ有効な能力なんだと思う。

二人が僕の目の前を通り過ぎる。どうしようか。このまま無視することもできるけど、その方がまずいことにならないか。金谷家かあかりさんの上司に連絡すべきだろうか。多分それはしたほうがいい。でも、今警告しないとあの男まずいんじゃないだろうか。まったくあの霊を警戒していない、何の素質もない、ということは、今この瞬間何かあってもなにもおかしくない。

ものすごく迷った。あの霊が本気を出したらあの男どころか、この辺の人間全部ぐちゃぐちゃだろうし。僕も含めて。

いやでも、警告しないとそんな霊への対処ゼロで惨事を迎えることになるかもしれない。それに、僕に何かあっても外で何かあるなら、猫飼ってることはいろいろな人に言ってあるし、早い段階でレスキューしてもらえると思う。一人暮らしの猫飼いが一番怖いのは孤独死だし。外で何かある方がまだマシだし。

ああでもごめんクー、家帰れないかもしれない。

僕は決心した。裏返りそうになる声をなんとか制御して叫んだ。

「す、すみません、そこの人! そこの女の子と二人連れの人!」

二人がこちらを振り向いた。男がきょろきょろした後、自分で自分を指さした。自分の事かと聞いているらしい。僕は男を見据えて言った。

「そ、その一緒にいる子……どういう存在かわかってて、一緒にいるんですか?」

完全に声が裏返った。怖すぎるせいだが、この所家に引きこもってものを書く仕事ばかりで、声を張る機会がなかったのも悪いと思う。

男は当惑した顔になったが、次の瞬間はっとした表情になって、霊をかばうように一歩前に立って言った。

「い、いやその千歳はものすごく強いみたいですけど! 危険じゃないです、本当です! あ、いや、厳密に言うとトラック跳ね飛ばして運転手に怪我させたことあるけど、それは、ほっとくと知り合いのおばさんがトラックに跳ねられそうだったからです! やむなくです! 進んで人傷つけたことは本当にないです、大丈夫です! ずっと一緒にいる自分が保証します!」

……え? この男、何もかも承知なのか? ていうか、このレベルの霊が危険じゃない?

霊の方は、僕と男を交互に見て、相当困惑している。表情もそうだし、中の霊もざわついているのがわかる。

『なんだこいつ、ていうか、お前、なんでワシのことそんなに言うんだ』

「だ、だって事実じゃん」

『ワシ、お前のこと祟りに来たんだぞ?』

「いやそれはそうだけど、特に何もされてないどころか世話にばっかりなってるし」

こんな天災級の霊に世話になってる? どういうこと?

霊がこちらを見た。

『お前、なんだ? ワシはそこのスーパーに行きたいんだ、邪魔するな』

状態から見て、この霊としては軽くムカついてるだけだと思うが、僕はこの天災級の霊がムカついたという事実にビビった。腰を抜かすかと思った。

「い、いやあなたを邪魔したかったわけではなく! ただちょっとそこの人に、その、実態をわかってほしかったというか……」

『こいつはワシが怨霊だって知ってるし、ワシはこいつを祟るのに忙しいんだ。あっち行け』

祟ってるなら、なおさら見過ごすわけには、いやでも何もされてないし世話されてるって言ってたなさっき。

どうすればいいんだ僕は。もう金谷家かあかりさんの上司かに任せるべきなのか。いや、そうならこの人も直接やり取りできるようにしといたほうがいいのでは。

「その、でも詳しい人に相談はできるようにしておいたほうがいいです、僕、神社やってて拝み屋の人もいる金谷家ってところを知ってるんです、拝み屋の人も知ってます、せめてそこの連絡先を持ってってくれませんか?」

そう言うと、男も霊も変な顔をした。

「金谷家?」

『金谷?』

二人は顔を見合わせ、そして男のほうが言った。

「えっと、その金谷家って、もしかして、金谷あかりさんとか、金谷司さんとか、いる家ですか?」

……なんでこの人、僕のお見合い相手とその兄の名前知ってるの?

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