ひっつき虫で過ごしたい
朝起きたら、怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)が俺の体に巻き付いて寝ていた。
「ど、どうした!?」
めちゃくちゃびっくりした。これまでも千歳が枕元で寝てることはちょくちょくあったけど、布団の中に入ってこんなにくっついてくるとは思わなかった。なんでこんな密着してるの? 俺が寝てる間になにかしようとしたの?
布団で寝てる時に密着してくるって、千歳がやるとしたら、もしかして俺が子孫を残す能力があるかの確認だったりするか? いやそういうのは女の子の格好でやるよな多分、変なところ触られた覚えもないし。ていうか、そんな事まで面倒見られるわけにはいかない、いろんな意味で。
割と大きい声を出して体を起こしたので、千歳も目を覚ました。するすると巻き付きをほどいて、いつものように宙に浮く。
『……お前が起きるより早く起きようと思ってたのに……』
千歳は目をこすりながら、ずいぶんバツが悪そうにつぶやいた。
「いや、どうしたの? なんで俺に巻き付いて寝てるの? 布団で寝たかったの?」
質問攻めにしたら、千歳はますますバツが悪そうにうつむいてしまった。
『いや、ちょっとだけのつもりだったんだ、気づかれないようにちょっとだけ、寝過ごしたけど……』
……俺のあれこれを試そうとしたわけではなさそうだけど、どうも理由が見えない。
「どうしたのさ? 布団で寝たかったの? マイナポイントまだ残ってるし、なんか探そうか?」
二つも布団を置くスペースがある部屋かと言うと微妙だが、食卓のテーブルや有象無象を放り込んでるカラーボックスその他をうまく移動させれば、まだなんとかなるだろう。千歳は睡眠が必要ではないらしいけども、それはそれとして眠ることはできるわけなので、寝るなら柔らかいところで寝たくなるのが自然だし。
千歳はもじもじした。
『いや、布団で寝たかったというか、その……』
「違うの? どうしたの?」
千歳はさらにもじもじしたあと、ようやく言った。
『誰かにくっついて寝れば、嫌な夢見ないかと思って……』
予想外の答えが返ってきた。
「……嫌な夢見るの?」
『こないだ、寝た時見た……』
千歳はしょんぼりして言った。よくよく事情を聞くと、こういう流れで千歳は俺に巻き付いて寝ていたらしかった。
・いつもどおり深夜はラジオを聞いて過ごしていた
・でも、ラジオのネタがどれもあんまり面白くなくて暇だった
・暇だから寝ようと思った
・でもこの間寝たら、すごく嫌な夢を見た
・お前(俺のこと)はなでてなだめたら悪夢見ないから、ワシも誰かにすり寄って寝れば嫌な夢を見ないかと思った
そこまで聞いて、俺は思い当たることがあった。
「こないだ泣いてたのは、もしかして嫌な夢見たから?」
『……そうだ』
千歳はしょぼくれて返事した。別にそこまで小さくなって返事することではないと思うが、確かに元気いっぱいに話すことでもない。
というか、俺自身、悪夢のきつさは身にしみている。起きてから泣くほど嫌な夢なんて、よっぽどの話だ。そんなに嫌な夢が、俺に巻き付いて寝るだけで大丈夫なら、なんとかしてやりたい。
俺は千歳に聞いた。
「夜、嫌な夢見ないで済んだ?」
『見なかった』
「俺に巻き付いて寝たら、嫌な夢見なくて済みそう?」
『多分見ないと思う』
「じゃあ、ラジオがつまんない時は俺に巻き付いて寝なよ、それが効くなら、そうしな」
千歳は目をみはった。
『え、いいのか?』
「いいよ、全然気にしないよ、嫌な夢見ないなら、それが一番だから」
『気にしないのか?』
「全然かまわない、まあ、俺巻き付かれても気づかなくて、寝返りうったりもぞもぞしたりするだろうけど、それで良ければ」
千歳はしばらく目をぱちくりさせていたが、少し体から力を抜いて言った。
『……わかった』
俺は、これはそこまで重大なことだと千歳に思わせたくなくて、話題を変えた。
「じゃ、朝のラジオ体操しよう。朝散歩も付き合って」
『うん。今日は九時前にバス乗って、きじつぜんとうひょう、とかいうやつか?』
「そう、悪いけどまた付き添って」
『帰りに駅前のスーパーのぞきたい』
「おっけー」
とりあえず、試みは成功したようで、千歳は普通に受け答えしてくれている。よかった。
しかし、誰かと寝るとか、ごく小さい頃以来、初めてじゃないだろうか。まあ、ある程度大人になれば別の意味で誰かと寝られるわけだけど、俺に関しては、喜ばしく迎えられるそういう機会は皆無だ。
……この年でどんな女の子とも寝たことがない、女の子を誘って了承してもらう甲斐性も体力もない、っていうのは悲しいけど、三十代男性でも二割は性交渉未経験って言うし、性的に奔放すぎて無責任に妊娠させまくる男よりはまだマシだろ……多分。
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