なるべく楽しく過ごしたい
「どれを選んでも俺しか使えないんだよな……どうしようかな」
買い物担当は、現在ほぼ怨霊(命名:千歳)だ。千歳に渡せる形にしたいのだが、なかなかそういうのがない。調べたら、アマゾンギフトカードに変換する方法は出てきたが。
「一万五千円……生活費に使えれば助かるんだけど……うーん……」
『一万五千円? それくらいの仕事入ったのか?』
布団と洗濯物を干して部屋に戻ってきた千歳(ヤーさんのすがた)が声をかけてきた。
「あ、いや、仕事ではないんだけど……ちょっと国から、一万五千円分電子マネーがもらえるだけ」
『え!? 何で!? 太っ腹だな国!』
「個人情報漏洩のリスクは負うけどね」
俺は、千歳にマイナポイントについて説明した。行政上の手続きで個人特定を楽にする(と国が銘打っているが実際楽になっているかは微妙)マイナンバーカードというものがあること。その普及のために、マイナンバーカードを申請した人や、マイナンバーカードに保険証の権限を付与したり自分の口座を紐づけたりした人にマイナポイントという名目で電子マネーが支払われること。
「俺はマイナンバーカードはもうあるから、それを保険証にするのと、口座を申請するのとで一万五千円もらえるわけ」
『でも、なんかリスクとか言ってなかったか?』
千歳(場所を取るので黒い一反木綿のすがた)は首を傾げた。
「国に個人情報をぎっちり握られるし、その個人情報が漏れるリスクはあるといえばある。こないだの尼崎市のUSB事件みたいなことが起こったら、もうどうしようもない」
『ああ、なんか騒ぎになってたな、ラジオで聞いた』
「でも、マイナンバーカード関連で渡す個人情報は、他の手続きでも国に取り扱わせることがあるレベルの情報だしね……今までの保険証もそのまま使えるし、俺は一万五千円を取ることにした」
『ふーん……保険証にしたりの申込みって大変なのか?』
「いや、スマホとマイナンバーカードと口座情報あれば五分ですむよ、悩んでるのは別のことでね」
俺はまた千歳に説明した。マイナポイントの支払いにはいろいろな電子マネーサービスを選べるけど、どの電子マネーでも基本的に俺しか使えないこと。うちの地域では公共料金の支払いに電子マネーがまだ対応していないので、食費や生活用品を買うのに充てたいが、買い物担当の千歳に俺名義の電子マネーを使ってもらう方法がなかなかないこと。
『そもそも近所のスーパー、電子マネーはあそこ専用のしか使えないぞ」
「ドラッグストアはどんな感じ?」
『なんか、クレジットカード使ってる人は見たことあるけど、ペイペイ? とか言うのは使ってる人見たことない』
「うーん、そういう意味でも使いにくいか……電子マネーでアマギフ買えばAmazonで使えるし、Amazonに放り込もうかな……」
『インターネットの通販だっけ?』
「そう、ちょくちょく使ってるところ」
『ちょくちょく使うなら、Amazonで使えばよくないか? すぐ使わなきゃなくなるものでもないだろ?』
「えーと、アマギフにしたら確か十年持つ」
『十年あれば、一万五千円くらい使い切るだろ、Amazonに入れろよ』
最もな話ではある。
「じゃあ、アマギフが買える電子マネーで申し込むよ」
『いつ一万五千円入るんだ?』
「うまく行けば明日」
『早いな!』
手続きはうまく行き、翌日の朝にはマイナポイントが付与されていた。早速それでチャージ式のアマギフを買い、Amazonで一万五千円分使えるようにする。
朝食と食器洗いを済ませて、俺は千歳を呼んで改めてパソコンの前に座った。
「スーパーとドラッグストアに値段が近いもので、Amazonで買える生活用品を買いたいんだけど、見てくれない? 千歳が買いたいものとかも、あったら買うよ?」
ひとまず、ドラッグストアのカテゴリと食品のカテゴリを開いて、千歳(さっきまで食事していたので幼児のすがた)に見せる。千歳は悩む顔になった。
『うーん、値段はまあ、個数で料金割れば近いけど、どれも量が多いんだよな……』
Amazonというか、ネット通販の宿命ではある。コスパよく大量買いはできるが、コスパよく適量を買うのは難しい。
「たくさんあっても使い切りそうなもの選ぼうか。俺が好きで千歳も好きな香りの入浴剤とか、たくさんあっても使い切るだろ?」
『じゃあ、ゆずと森の香りとひのき買ってくれ』
「わかった。あ、一個から買えるなら、俺用にハッカ油も買おうかな」
『何に使うんだ?』
「洗面器にお湯くんで一滴混ぜて、風呂の最後に頭からかぶると、風呂上がり涼しい」
『なるほど……』
「そうだ、あと、インスタントコーヒーの詰替えがかなり安いから買っとこう」
『あ、それなら、麦茶のパックもあるか? 水出しできるやつ』
「最安値は多分これだけど、ドラッグストアより安い?」
『同じくらいだ』
「じゃあこれも買おう」
パソコンの前で、二人顔を寄り合わせていろいろ選ぶ。他にも、米だの歯ブラシだの、割と買うものがあった。
「こんなもんかな?」
『こんなもんだな』
「千歳が買いたいものとかある? まだマイナポイント分残ってるし、多少のものなら買うよ?」
ある程度は生活費に充てられたが、一応臨時収入なので、多少は嗜好品に使ってもいいだろう。俺も一つ買いたいものがある。千歳はまた悩む顔になった。
『うーん、お菓子ほしいけど、一種類がたくさんのはちょっとなあ……いろいろ食べたい』
「じゃあ、いろんな種類詰め合わせとかどう?」
【お菓子 詰め合わせ】で検索した結果を見せると、千歳の目が輝いた。
『これがいい! チョコ菓子の詰め合わせ!』
「じゃあ、これ買うね。俺は無糖炭酸水買って、とりあえずおしまいにしようかな」
『無糖炭酸水? 何だそれ? 味ついてないのか?』
千歳は不思議そうな顔になった。確かに昭和には、無糖炭酸水は酒の割材くらいしかニーズがなかったかもしれない。
「味なしでも、一気飲みするとスカッとしておいしいよ。あ、そうだ、千歳にもいくつかあげる」
『え?』
「無糖炭酸、自分で味付けもできるから。梅シロップで梅サイダーとかおいしいと思うし、こないだ千歳がかき氷用に買ってきたカルピス割ってもおいしいと思う」
千歳の目が、お菓子を目にしたときと同じくらいキラキラした。
『いいなそれ! 絶対やる! 多めに買ってくれ!』
「わかったわかった、とりあえず二十四本ね」
『マイナポイントっていいなあ! こんなにいいものたくさん買ってもらえるなんて思わなかった!』
千歳はニコニコと機嫌がいい。俺も、チョコの詰め合わせと炭酸水でこんなに喜ばれるとは思わなかった。
そう言えば、千歳はいつもわりと機嫌がよく、不機嫌で俺に当たり散らすようなことは、今までほとんどない。同居人として、得難い資質だと思う。
千歳には本当に世話になっているし、俺も千歳のためにできることはやるので、千歳には、なるべく機嫌よく、笑って過ごしてほしいと思う。
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