番外編:金谷あかりの話 前編

「今度の日曜の午後、大きく低気圧にならないなら、俺も千歳も空きます」

と連絡があったので、その日に相談させてもらうことにした。この件に関しては、周りに相談できるというか、参考になる話を聞けそうな人がいない。一組だけ該当するのが、人同士ではなくて人と怨霊だけど、そんな組み合わせにこんなことを聞くなんて、我ながら切羽詰まりすぎだと思うけど、でも本当に他にいない。


日曜の午後になって、私はかなりドキドキしながらファミレスのボックス席に座っていた。怨霊の気配はかなり前から感じ取っていたけれど、二人はちょうど待ちあわせの時間に現れた。よく言えば優しそう、悪く言えば頼りなさそうな痩せた男性と、それよりひと回りかふた回りは大きい、人相の悪い男性の姿の怨霊。

私は立ち上がってあいさつした。

「こ、こんにちは。今日はよろしくお願いいたします」

「こんにちは、力になれるかどうかわかりませんが」

和泉さんと頭を下げ合う。怨霊が言う。

『今日は何なんだ? こないだみたいなことなら、すぐやってやるが』

「え、ええと……心霊的なことはほとんど関係ないんです。お二人のお話を聞かせていただきたくて。その、この間の除霊の時と同じ姿なのですね、千歳さん」

『ああ、何かの相談だっていうから一番頼りになりそうな格好で来た』

怨霊は胸を張った。

核兵器級の害をなすこともできる怨霊なのに、接触する度わりと平和、どころか意外に協力的なので、いつも拍子抜けする。ていうか、この間喫茶店で会った時の女の子の姿じゃなくてこの格好なんだ……あのごく普通の体格の女の子の姿であれだけ食べたんだから、こんな大きな男の人の姿だったら、食べる量あの倍じゃ効かないんじゃないんだろうか。ファミレスだけど、私はこの年にしてはお金持ってる方だけど、金銭的にかなりいやだ。この怨霊を大人しくさせられるなら、それが金銭で済むなら安いものだ、という考えで、私がいる派閥は動いてるけど、全部私のお財布から出るんじゃ、流石に別の感想が出る。

早速席について、メニューを見出す怨霊を和泉さんが小突いた。

「千歳、個人的な話だっていうからね、経費じゃ落ちないんだからね、遠慮しなよ」

『わかってる、一品と飲み物しか頼まない。このマンゴーとクリームがたくさん乗ったケーキいいか?』

怨霊が私を見て聞くので、私はとりあえずうなずいた。

「あ、はい、大丈夫です……」

『あと、このジンジャーエールってやつ飲んでみたい』

「はい、大丈夫です、どうぞ……」

……よく思い返してみれば、この間もこの怨霊は、最初は一品だけ頼もうとしていて、こちらが大丈夫と言って初めて大量に注文したんだよね……。ちょっと感覚ズレてるのは否めないにせよ、一応、相手見て対応を決めるとか、相手の立場を考えて気遣うってことはできなくもないんだよね……。

初対面で完全敵視して、全力除霊しようとした私は、実はかなり浅慮だったかもしれない。この怨霊、本気になればトラックなんてぐしゃぐしゃに潰せるけど、はね飛ばすだけで済ませる怨霊だし。はね飛ばしたのも、知り合いを助けるためだったし。

和泉さんが言った。

「俺はアイスティーでいいです。金谷さんは?」

「あ、じゃあ同じもので」

長い話になりそうなので、注文が運ばれてくる前に本題には入りにくいけど、一応話は振っておこうと思って、私は口を開いた。

「その、お二方は、現在かなり良好なご関係ですよね」

『良好か? 祟ってる最中なんだが』

怨霊は首を傾げた。和泉さんは少し苦笑していた。

まあ、この怨霊から言えばそういう感覚なのかもしれないけど、和泉さんは、特にこの怨霊に怯えたり嫌悪したりしていないし、「身の回りの世話をしてもらっている」と感謝しているようだし、怨霊にちょっとした小言も言えるし、怨霊はそれを素直に受け入れているし。いい関係を築けていると言えると思う。

「私からは、仲が良さそうに見えます」

『別に、仲良くやるために来たわけじゃないぞ。少なくとも七代祟るつもりで来たのに、こいつ弱すぎてこいつで末代になりかねないから、いろいろやってるだけで……あ、そうだ、こいつの女もそのうち探そうと思ってたんだ、あんたこいつとくっつく気ないか?』

予想外のボールを投げられて、私はちょっと動揺した。和泉さんがあわてた。

「ちょっと千歳、そういうこと言わない!」

『だって、十分子供産める年だろこいつ。そりゃお前と年は離れてるが』

「十八歳未満をそういう目で見ない! 十五歳で結婚できたのは昭和の最初の方だけ! 今は令和!」

『仕事先の人間でよさそうな女見繕ってもいいだろ! お前部屋にこもってパソコンして、たまにおっさんと通話するしかしないじゃないか!』

「人をひきこもりみたいに言わない! どっちも仕事だよ! 確かに外出ないけど!」

和泉さんは怨霊の腕をつかんだ。怨霊は、かまわず私を見て言った。

『ほら、あんたこいつどうだ? 今はうるさいけど、普段は大人しくて静かだし、何出してもうまいって食うし、どなったり殴ったりも多分しないぞ。稼ぎ悪いけど』

「売り込んでどうするんだ、もう!」

この怨霊相手にどなったり殴ったりできるとか、相当な勇者かバカだと思う。それはそれとして、私はやんわり断る必要性を感じた。

「え、ええと、千歳さん……紹介してくださるのに申し訳ないんですが、私すでに先約というか、そういう話がもう来てまして……」

和泉さんの目がまん丸くなった。

「そういう話……え、お見合いとか? え、すみません金谷さん今いくつですか!? 高校生くらいだと思ってたんですが、もう二十代だったりします?」

「え、ええとその、じゅうろ……あ、違った、十七歳です。おととい十七になりました」

「十七!? その年でお見合いですか!?」

まあ、びっくりされても仕方ないとは思う。

「具体的にどうこうっていうのは、私が通信高校卒業してからですけれども。いい相手がいるなら早いうちに顔合わせしておいたほうがいいだろう、ということで……まあ、それがなくても、私達の業界は割と早く結婚しますが」

「そ、そうなんですか……」

『なんだ、もっと早く売り込んでおけばよかった』

怨霊ががっかりした顔をした。これで引き下がるってことは、やっぱり相手の立場を見て対応を考えるってことはできる怨霊なんだな……。

「その、今日ご相談したいことっていうのは、それと関係がありまして」

私は、本題に入った。

「お二人にお聞きしたいんです。生まれも育ちも立場も違う相手と、いい関係を築いていくには、どうすればいいですか?」

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