あなたとたくさん話したい
怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)が星野さんに会いにスーパーに行った後、金谷さん(妹)から通話があった。千歳が関わったことについて、詳細や事後処理のあれこれを教えてくれるそうだ。
「先にお伝えしておきますと、千歳さんが弾き飛ばしたトラックの運転手は、怪我はしましたけれど命は助かっています。スーパーも人的被害はありません」
「それはよかった、千歳、わざとやったわけじゃありませんけど、やっぱり何かあったら取り返しつかないから……」
「法的なことや目撃証言、映像の証拠はありますが、こちらの伝手で、千歳さんの存在に関わることはなんとかできます。和泉さまや千歳さんは、特に気にしなくて大丈夫です。朝霧香駿も、何もできなかったことでショックを受けて大人しくなっていますので、お二方とも、これまでどおりの生活をして頂ければ」
「それはどうも、ありがとうございます」
事故の証拠まで手をまわせる金谷さんの伝手とやらがものすごく気になるが、あまり追求しないほうがいいんだろうな……。下手すると警察まで千歳に対処してることになるし……俺と千歳で合わせて月に十五万、金谷さんの方面からもらってるし……あんまりつつかないほうが身のためなんだろうな……気になるけど……。
金谷さんは続けて言った。
「それと、今回の千歳さんの行動で、私どもや、私ども以外でも、かなり千歳さんへの見方が変わってきています」
「見方?」
「千歳さんが、トラック暴走の時、知り合いの女性を助けるために動いたということと、朝霧本家当主に手を出されても威圧しただけで手を出していないということで、そこまで好戦的ではなく、丁寧に扱えばそれなりの反応を示す霊なのでは? という見方をする人が増えています」
「ああ、なるほど」
よかった、千歳は人助けする存在だという見方が広まったらしい。朝霧トップの人に対しては、少し微妙な気もするけれど。あの時の千歳の大きさだったら、あの老人は千歳が一歩踏みだしただけで蹴飛ばされるか踏み潰されるかの位置だったし。
「まあ、千歳は話せばわかる方ですよ。感覚はだいぶ昭和だけど」
とりあえずそう言うと、割とハキハキ喋る金谷さんにしては珍しく、少し口ごもりながらの返事が返ってきた。
「その……私個人としても、千歳さんは、生まれも立場も年齢も違う和泉さまと、うまく関係を築いて暮らせている存在だということを、もっといろいろな所で主張すべきだったと思いまして……今更ですが」
そんなふうな見方もあるのか。ていうか、金谷さん、かなり千歳のことほめてないか? 初対面で悪霊扱いして除霊しようとした子とは思えないな、まあ誤解もあっただろうけど。
「俺、千歳とうまくやれてますかね……まあ、千歳がいろいろやってくれてるのが大きいと思いますけど、確かに言い争ったり険悪になったりしたことは、あんまりないですね」
千歳に目の前で突然泣かれたことはあるけど。でもそのことで何か責められたりという感じではないし、今のところ、千歳がそれで何か我慢している感じもないし。あくまで俺の目から見た範囲だけど。泣いた件は、多分千歳の中では解決していると思いたい。
金谷さんが言った。
「その……話が変わるのですが。これは個人的なお願いなのですが」
「え? 何ですか?」
「私、お二方に、その……」
『ただいま!』
玄関が開いて、千歳がスーパーから帰ってきた。
「あ、おかえり千歳、すみません金谷さん、話の続きを」
「あ、いえ、これはそこまで緊急性はないことなので……仕事でお伝えすべきことはお伝えしたので、この件については、また後でLINEさせていただきます、千歳さんによろしくお願いいたします」
「そうですか? じゃあ、それでは」
『電話してたのか?』
千歳が荷物を下ろしながら聞いてきた。
「うん、金谷さん。事故のこととか、千歳にちょっかい出してきたおじいさんのこととか、全然心配しなくていいって。亡くなった人もいなかったし。買い物できたんだ?」
『うん! スーパー、もうちゃんとやってたぞ! 星野さんとも会えて、たくさん話せた!』
千歳はずいぶん嬉しそうに言った。俺もつられて、少し笑った。
「そりゃよかった、俺も飢えなくてすむ」
『星野さんに、おわびに何でも好きなもの買ってあげるって言われたんだ』
「買ってもらったの? 多少は遠慮した?」
『ずっと仲良くしてくれればいいからいいって言った。でも、星野さんとたくさん話したいから、パンにつけるとおいしいジャム教えてほしいって言ったら、たくさん教えてくれたから、ワシの金でジャムと、ジャム以外にも教えてもらったパンに付けるとうまいやつ買ってきた』
「ああ、だからやたら瓶があるのか」
『割と高いジャムだけど、お前が頼むなら分けてやらんでもないぞ?』
千歳がなぜかえらそうに言うので、俺はおかしくなって、笑いながらちょっと頭を下げた。
「気が向いたら分けてください」
『よし、分けてやる。なんか、この、塗るテリーヌとかいうしょっぱいやつもいいらしいぞ』
「ふーん、レバーペーストみたいなやつか。サーモンとかもあるんだな」
『こういうのも、ジャムと一緒に塗ったら甘じょっぱくなるか?』
「……やりたいなら止めないけど、あんまり合わないと思うよ……」
益体もないことを話していたので、金谷さんから入ったLINEにすぐ気づかなかった。
「お二方に、個人的に話を聞いて頂きたいというか、ご相談したいことがあります。ご都合をお聞きしてもよろしいですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます