番外編:金谷あかりの話 後編

「お二人にお聞きしたいんです。生まれも育ちも立場も違う相手と、いい関係を築いていくには、どうすればいいですか?」

そう言うと、和泉さんも怨霊も困惑した顔をした。

「ええと……話の流れからして、お見合いの相手とうまくやりたいってことですか?」

「はい」

「どんな人なんですか?」

私は、今知っている限りのことを口にした。

「日本史の元博士研究員で、今二十九歳だそうです。私みたいな、〈そういう〉素質の人間を集めた家の出身ではなくて、当然そういうことにも詳しくないんですが、突然変異的に〈そういう〉素質が後天的に出てきた人なんです。素質の種類が私の素質と相性が良くて、あと広い時代の古文書が読める人なので、拝み屋業界には重宝される人材です」

和泉さんも怨霊も目を丸くした。

「二十九歳、ですか?」

『十二歳も違うのか?』

まあ、びっくりされておかしくない。けど、これを断ったら、次はもっと年が近い相手と巡り会えるかというと、そんな保証は全くない。私の方が十二歳年上になる相手しかいない、なんてこともありうるし。それだったら、まだ今回の話の人とうまくやることを考えたいのだ、私は。

「そのですね、和泉さまと歳が近い人で、その人は今、在宅で仕事してるとのことなので、和泉さま達からなら、何か参考になるお話をお聞きできないかとも思いまして……」

「いや、そりゃ共通項はなくもないですけど、俺は日本史なんて知らないし、化学しかやってないし……それに十二歳違いって、好き同士ならともかく」

和泉さんは、かなり動揺しているようだった。別に私は強要されてこんなことを言っているのではなくて、前向きにその相手といい関係になりたいと思っているので、もうちょっと説明すべきかもしれないと感じた。

「その、私の仕事だと、そもそも好き同士が作りにくいので……でも将来は結婚してみたいし、いつかは子供も産んでみたいんです。私と素質が合う人が父親なら、絶対ではないですけど子供も素質が高くなりますし、そしたらこのご時世でも職に困りませんし」

「そ、そうですか……地に足がついた考え方ではあるけど……」

『年の割にしっかりしてるなあ、産む前から子供の職まで考えてるのか』

怨霊からは、なぜか好印象をもたれたようだった。

「だから、素質が合うってことで紹介のあった人とは、できるだけうまくやっていく努力をしたいんです。別に、周りからどうしてもその人じゃなきゃだめって言われてるわけじゃなくて、私がそうしたいんです」

言い切ると、和泉さんは困惑した顔ながら、私を心配する感じは少し消えたようだった。

「そうなんですか……」

私は言葉を繋いだ。

「だから、お二人にお話を聞きたかったんです。生まれも育ちも立場も違うお二人が、どんな風にしたらいい関係を築けたのか、知りたいんです」

そう言うと、和泉さんと怨霊は顔を見合わせた。

「生まれも育ちも立場も……まあ、確かに違いますけど……いや、ちょっと待って、千歳の生まれとか育ちって、どんな感じなの?」

和泉さんは、私に話しかけて、途中から怨霊に話しかける方に切り替えた。どうも、怨霊の成り立ちについてはよく知らないらしい。こちらも詳しく話してはいないけど、怨霊から聞いているかと思っていたので、意外だった。

怨霊は首を傾げた。

『うーん……ワシの中、たくさんいるから、いろいろ混ざってよくわからん。古いのは、今で言う江戸時代くらいだとは思うが』

「そんなに古かったの!?」

私は言い添えた。

「元々が江戸時代なのは確かです。それくらいに亡くなったたくさんの子供や女性の霊がベースで、そこに朝霧家随一の素質があった人の霊が混ざって、怨霊になったということです。それ以後も、強い霊が何人も足されている感じです」

正確に言えば、江戸時代のたくさんの捨て子と病気や栄養失調で死んだたくさんの遊女の霊がベースで、そこに暴走して殺された朝霧家の忌み子が混ざって怨霊と化し、それ以後も怨みが強い上に力が強くて危険すぎる霊が定期的に継ぎ足されているのだが、そうやって成り立った本人が目の前にいるので、刺激的な言葉遣いは控えた。こういうことができないと客商売はやっていけない、小さい頃から言葉遣いだけは叩き込まれている。

和泉さんは頭を抱えてしまった。

「え、そんな成り立ち……ていうか、朝霧のトップとも因縁があったんですね……」

『ワシ、あの爺さんよく知らんけどな、嫌な奴だったが』

「……私には、お二人はいい関係に見えるんですが、和泉さまは千歳さんのことを熟知した上でうまくやっているというわけではないんですね」

そう言うと、和泉さんは困った顔をした。

「いや、知らないことのほうが多いんじゃないですかね、普段の生活のことばかりで、突っ込んで聞いたこともないし……」

『そういえば、ワシもお前のことあんまり良く知らんな。パクチー嫌いなことくらいしか知らん。お前、下の名前なんていうんだ?』

「豊だよ……そういえばちゃんと言ってなかったな」

『ふーん、名は体を表すって嘘なんだな』

「そういう突っ込みやめて、悲しくなるから」

……こんなレベルでも、割と仲良くやっていけるものなんだな……。なんでうまく行ってるんだろう、この二人……。

「ええと……じゃあ、聞き方を変えますが、お二人がいい関係を築けている理由は何だと思いますか? 参考にさせてください」

和泉さんと怨霊は、また顔を見合わせた。

『いきなり言われると思いつかんな……うーん、こいつ元から割と大人しいし、文句あっても控えめにしか言わんしな……』

「まあ、俺は千歳にいろいろやってもらってる立場だし、文句つけられる立場じゃないし……無理なことは言ったほうがいいから言うようにはしてるけど……」

和泉さんは考え込んだが、やがて思いついたように言った。

「あ、でも、千歳は言えばわかってくれる方だし、話ができるからやっていけるっていうのはありますね。千歳は、感覚が昭和だから困ることもあるんですけど、ちゃんと説明すれば、今の感覚もそれなりにわかってくれるし」

やっと参考になりそうな話が聞けた。

「話をすること、が大事なんですか?」

「話をすることもそうですけど、話をわかってくれる相手かっていうのも大事だと思いますね……話が通じない人は、本当にわかってくれないから……」

「相手の素質も大事、ですか」

特に深い考えなしに、そう相槌を打つと、和泉さんは神妙な顔になって頷いた。

「……話が通じない、わかってくれない人とはうまくやれないと思いますね。もし家族とかでも、そういう相手だとうまくやれないもんですよ」

それは、かなり真面目な顔だった。

……上司で師匠に当たる人が手配して調べた、和泉さんの経歴を思い出す。彼は四代続く漢方薬局の一人っ子ということだったけれど、特に薬学にも医学にも進まず、今も経済的に大変ながら一人暮らしを続けている。どうやら漢方薬局を継ぐ気はないことは、それだけでわかる。そこに今の話を聞くと、家族と話が通じなくてうまくやれなかった、と暗に言われているようで、私は胸が詰まった。

そりゃ、変な人はたくさんいるけど、私も、お客には恐怖と混乱でよくわからなくなってる人をたくさん見るけど、自分の家族に「話が通じない」と感じたことはない。自分の陣営にいる人は、話せばわかってくれる方じゃないかと思う。まあ、私の陣営にいる人は、幼少期からお互いの生まれも育ちも立場も知っている関係性の人ばかりで、生まれも育ちも立場もまるで違う人と一から関係を築いたことがある人が全くいなかったので、私は相談相手に困って和泉さんと怨霊に相談しているわけだけども。

和泉さんは言った。

「まあ、相手の人と会ってみて、いい人だったらいいですけど、話が通じない人だったら離れたほうがいいと思いますよ。うまくやる努力しても、そういう相手だと報われません」

「そうですか……」

「なんていうか……金谷さんは、相手と仲良くしたいと思ってて、そのための努力もしてるわけですけど。そのことをわかってくれない、わかろうとしない人だったら、それはやめといたほうがいいと思います」

和泉さんにも、いろいろあるのかもしれない。報われないとまで言われると、少し体が冷たくなる。和泉さんもいろいろ家族にやってみて、だめだったということがあったのだろうか。

家族。家族というと、両親と兄しか今の私には思い浮かばないけれど、もし今回の話の人と結婚まで進むとしたら、それはその人と家族になるということだ。家族でも、話が通じないとうまくやれないというなら、これから家族になるかも、くらいの相手だったら、なおさら話が通じないとうまくいかないかもしれない。

私は言った。

「今度、予定を合わせてその人と会うことになってるので……いろいろ話してみて、話が通じる人か、よく見てみますね」

「それがいいですよ。話ができる人だといいですね」

『でも、緊張して何も話せないとかあるんじゃないか?』

怨霊が話に割り込んできた。

「私はそこまで緊張しませんよ、年上の人と話すのは慣れてます」

『相手だって緊張するだろ、お見合いなら』

……それは、まあ、言われてみたらそうかもしれない。十二歳も年下の相手のお見合いだし。緊張というより、気詰まりかもしれないけど。

「なるほど、何かリラックスしそうな話題を振ったほうがいいかもしれませんね」

『好きな飯の話とかしろ、飯はみんな食うから、誰だってなんかあるだろ』

「そうですね、多分、食事しながらの席になるので、うまく話持っていきます」

和泉さんが言った。

「好きな食べ物だけじゃなくて、苦手な食べ物も押さえといたほうがいいかもしれませんね、聞いとけば事前に避けられるし、代わりに食べてもらったりとかできるし」

「ああ、アレルギーなんかもありますもんね」

そう言って、私はふと思い出した。

「そういえば、狭山さん……あ、お相手の名前ですけど、狭山さんがひとつだけ条件つけたのが「猫アレルギーがない人」でしたね。猫飼ってるそうです」

『猫か。かわいがるやつはかわいがるよな』

「猫の話振っても、リラックスしてくれるかもしれませんね」

「そうですね、好きな食べ物、嫌いな食べ物、あと猫の話はうまく振ってみます」

割と目算が立ってきた。その後は、お見合いの席で話すとよさそうな話題は何か、とずいぶん話して、それからお開きになった。


……怨霊、千歳さんともかなり話せて、参考になったことを両親に話したら、そもそも怨霊と個人的に普通に話したことにびっくりされた。あんたたち二人が産まれたときからお互いを知ってる幼なじみ夫婦で、今回の件では全く相談相手にならないからじゃないか、と思った。

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