夜中までには帰りたい
怨霊(命名:千歳)がなかなか帰ってこない。スーパーが開くずいぶん前にでかけたし、スーパーが開いて買い物してからでないと帰ってこれないのはわかるんだけど、それにしても遅い。千歳は起きたときから元気がなくて様子がおかしかったし、余計心配だ。
連絡しようとしたけれど、こういうときに限って、千歳はタブレットを持っていくのを忘れている。
あまりにも遅いので、スーパーまで様子を見に行こうか、と立ち上がった時、俺のスマホが鳴った。金谷さん(妹)だった。
「いきなりすみません、その、大変なんです!」
「ど、どうかしましたか」
「そちらに朝霧香駿を名乗る人が接触していませんか!?」
「いや、会ってませんが……千歳がなかなか買い物から帰ってこなくて、今探しに行こうと……え、ひょっとしてその朝霧とかいう人と何かあったとか?」
「彼は、単独で千歳さんを除霊しようとしています! 現代でも最高クラスの〈そういう〉素質の持ち主なんです!」
「千歳を!?」
千歳、完全に何かあったんじゃないか!? 除霊!? 千歳、消されるのか!?
「私どもは、何事もないなら何事もない原因を探してそれを維持すべきという意見なのですが、怨霊をどうにかすべきと言う派もたくさんいて」
「ち、千歳、どうかなっちゃうんですか!? もうどうかなっちゃったんですか!?」
千歳にいなくなってほしくない。しかも、今朝いきなり泣かれて、ろくに話もできずそのままいなくなってしまうなんて、あんまりだ。
「私どもは、いくら朝霧香駿が最高クラスの拝み屋でも、千歳さんに対抗はできないと考えています」
「そ、そうですか……」
少し安心したが、次に告げられた言葉は、再びあせるには十分だった。
「ただ、千歳さんが何かダメージを負う可能性はありますし、千歳さんが制御を失って暴れることも考えられます」
「お、俺やっぱり千歳のこと探しに行きます! 心当たり、スーパーとドラッグストアとコンビニくらいしかないけど!」
「お願いします、なんとか千歳さんをなだめてください! 私いま遠方にいるので、すぐそちらに向かえないのですが、兄と南さん……あの、以前の食事会に参加した尼僧の人ですが、その二人が参ります!」
「わ、わかりました!」
完全に部屋着だったので、急いでまともな服に着替えて、いつも使っているバッグをつかんで玄関に出ようとした時、玄関からノックの音がした。ドアを開けたら、金谷さん(兄)と、以前の食事会で金谷さんの隣にいた尼さんがいた。
「すみません、妹から連絡をさせていただいたと思うのですが」
「今さっき話しました、朝霧香駿って人が千歳を除霊しようとしてて、でも多分無理で、千歳が怪我したり暴れたりもありうるって言われて、俺、探しに行かなきゃって」
尼さん(南さん)が言った。
「あの怨霊の行く場所に、心当たりはおありですか?」
「この辺では、近くのスーパーとドラッグストアと、あとコンビニくらいです」
「……スーパーで少し騒ぎがあって、騒ぎが起きた時、怨霊がいたようなのですが、今はいないことが確認されています」
「え、もう何かあった後なんですか!?」
金谷さん(兄)がとりなすように話しかけてきた。
「まだ情報が錯綜しているんですが、怨霊は関係しているかもしれなくても、暴れたりしたわけではないようです。特にダメージを負ったわけでもなさそうです。何かあるとしたら、スーパーから移動した先なんです」
「じゃあ、近くのドラッグストアかコンビニか……」
南さんの肩の上の空間から、ひゅっと風が起きた。
「この最寄りのドラッグストアとコンビニですね? 今、私の息のかかったものを行かせました、何かあればわかると思います」
前、南さんに「ここに何か見えますか?」という意味のことを言われて、彼女の肩の上の空間を見せられた。俺に見えないだけで、何かしらいるらしい。
金谷さんが口を開いた。
「和泉さまが外に出れば、怨霊の行くところにまた何か心当たりが出るかもしれません、怨霊も和泉さまに気づいて寄ってくるかもしれませんし、私どもに協力していただけませんか?」
「千歳を探すなら、いくらでもなんでもします!」
とりあえず、三人で外に出た。「和泉さまの存在を見せるために車はよして、怨霊の気配を見たいのでスーパーに向かったほうがよいかと」と言われたので、スーパーの方向に歩く。
道すがら、いろいろ話を聞いた。
金谷さんたち、霊能力がある人たちは一枚岩ではなく、千歳の処遇に関してかなり意見が異なること。
年配の人間には「自分たちが元気な今のうちにあの怨霊を始末するべき」派が多いこと。
その筆頭であり、強い素質の人間を代々輩出している朝霧という家系の本家トップが、除霊の準備万端でここに襲来しているということ。
金谷さんが言った。
「スーパーでの詳細を話しておりませんでした。今朝方、トラックが暴走して、最後にスーパーに突っ込んでいます。目撃情報からどうもその場にあの怨霊がいたらしいことがわかり、それが余計に朝霧当主に火をつけてしまって……」
「トラック!? え、千歳巻き込まれてませんよね!?」
「朝霧当主は、怨霊が引き起こした事故だと考えています。実際、あの怨霊の持つ力からすると、十分に可能なので」
「そんな、千歳は自分から事故起こすようなことしませんよ、そのトラックのドラレコチェックしてください!」
「はい、目撃証言を掘り下げていると、人を害したとは言いにくいことがわかっています。記録媒体もどうにかしないといけないので、もちろんドラレコも見ます」
スーパーの近くまで歩いてきたが、周りにがっつり交通規制がはられていた。遠くから見ても、確かにスーパーの裏がめちゃくちゃに潰れて壊れているのがわかった。
またひゅっと風が起こり、南さんが言った。
「ドラッグストアもコンビニも、まったく気配はなかったそうです。寄ってすらいないと思います」
そうすると、本当に千歳の行く場所に心当たりがない。金谷さんと南さんと連絡先を交換して、手分けして探すことにしたが、ドラッグストアの途中の道も、コンビニの途中の道も、千歳はどこにもいない。駅前まで出て、前に行ったケーキ屋をのぞいてみたけれど、いるはずもない。あちこち探していたら、いつの間にか、日が落ちて暗くなりかけていた。
アパートの近くにとぼとぼ戻ったとき、スマホが鳴った。南さんからだった。
「怨霊の気配が巨大になっています、確実に何かありました!」
「巨大に!? 千歳、どうしたんですか、どこにいるんですか!?」
「気配が強大すぎて、感知に長けた者ほど特定できないんです!」
「そ、そんな……」
俺はどうしようかとおろおろあたりを見回し、気づいた。
俺が住んでいるアパートより、さらに住宅地の隅、もう少し歩けば山も畑もあるところ。千歳が前にいて、俺が壊した祠のあるところ。その辺りの草木の影に、影とは明らかに違う、黒いものが見える。その黒いものが、どんどん大きくなっている。千歳がいつもなっている格好、黒い一反木綿みたいな格好。それと同じ黒。
「……千歳、見つけたかもしれません」
「え!?」
「たぶん、千歳がいたあの祠です! なんか千歳がものすごく大きくなってます! 俺、今すぐ祠の方行きます!」
スマホをポケットに突っ込んで、俺は祠までの道を一目散に走った。それほどの距離ではないのに、あっという間に息が上がり、脚もガクガクしてきたが、それでも走った。日頃の運動不足が祟りまくっていて悲しいが、今は無理をしなくちゃいけない時なんだ、後でいくらでも酸素取り込むし、脚も休ませるから、今はとにかく動いてくれ!
「ち、千歳! 千歳!」
死ぬほど息を切らして祠の近くまで来ると、もう黒い塊は、見上げても全容がわからないくらいになっていた。
黒い塊の下に、へたり込んでいる老人がいた。必死で後ずさろうとしているが、うまく行っていない。どうも腰を抜かしているらしい。
「な、なんてことだ、制御を失って、余計危険に、気配が不安定だったから好機だと思ったのに!」
こいつ千歳に何したんだ、こいつが朝霧家トップか? いや、千歳の方を見るべきだ、千歳の方が心配だ。
「ち、千歳! ど、どうしたんだ! なんか、なんか、あったのか!?」
息切れで酸欠で、ヒーヒー言いながら、俺は必死で黒い塊に呼びかけた。黒い塊は大きくなり続けていたが、声をかけたら、大きくなるのが一瞬止まった気がした。反応している? 俺の声は聞こえている?
「じ、事故とかあったって聞いたけど、だ、大丈夫!? ど、ドラレコ見れば、何が、あったか、わかるし、千歳に、変な疑い、かからない、から!」
黒い塊が身じろぎしたような気がした。いつも見ている千歳の、黒い一反木綿の時の目の、でもいつもよりとんでもなく大きいサイズの目が、俺を見た。
「と、とりあえず、いつもの、サイズに、戻って! おいで、帰ろう!」
酸欠で息が整わないまま必死で叫ぶと、巨大千歳の目が見開かれた。いつもよりくぐもった声がした。
『……ワシ、お前のところに、行っていいのか?』
「いいよ、帰ろう! ずっと探して……」
俺が言いかけたとたん、黒い塊は、一瞬で消えたかと思うくらい速やかに縮んでしまった。別に消えたわけではなく、祠の前には、見慣れた千歳(黒い一反木綿のすがた)がいた。
『……帰る』
千歳はあんまり元気なさそうだったが、ごく素直に俺の方へやってきた。俺はものすごくほっとしたが、ほっとしすぎて脚の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。
『お、おい、大丈夫か?』
「ひ、久々に走ったから……脚が……息も……」
『息止まるのか!?』
「と、止まらないけど、ちょっと休ませて……」
そのまま五分くらい時間が経過したが、息は多少整ったものの、全く体に力が入らない。千歳は業を煮やしたのか、ボンと音をさせて、ヤーさんの格好になった。
『かついで帰るぞ?』
「……お手数をおかけします……」
マジで俵みたいにかつがれた。もう少し生き物を扱う自覚を持ってくれないか。いや、お姫様みたいに持たれてもそれはそれで恥ずかしすぎるけど、せめて背負うとか。
かつがれて運ばれていると、金谷さんと南さんの声がした。
「ど、どうなさったんですか!?」
「和泉さま!? 大丈夫ですか?」
「いや、その、走ったら動けなくなってしまって……」
千歳が二人に向かって言った。
『こいつ調子悪いから帰るぞ、用あっても後にしろ』
「えっ、もしかして使役で消耗されたんですか!?」
「……走ったらエネルギー切れただけです……俺そういう霊能力は全然ないと思います……」
「そ、そんなに走ったんですか……」
そんなには走ってないけど、俺の体力的には明らかにダメなくらい走ったというか……。
かなり情けない思いを抱えながら、千歳の肩に揺られてアパートに向かう。
『おい、息してるか? 死んでないか?』
「……とりあえず、まだ死なないと思う……」
『そういえば、ドラレコってなんだ?』
「……気にするところ、そこ?」
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