今日のうちには謝りたい
俵みたいにかつがれたまま、なんとか家に帰り着いた。床に降ろされて、怨霊(ヤーさんのすがた)(命名:千歳)に心配そうに言われた。
『おい、調子悪いなら寝てろ。布団ならしいてやるから』
そう言われてもおかしくない状態だとは思うが、ちょっと走っただけで寝込むの、流石に悲しすぎる。
「な、なんとか回復したと思うから、大丈夫……いや、それより千歳のことだよ」
『ワシか?』
「今朝からおかしかったろ、どうしたんだ? 大丈夫か?」
『それは……』
千歳は戸惑った顔をしたが、やがて、戸惑いを消して言った。
『……変な夢見たんだ』
「夢?」
泣き出すほどの夢? と思ったが、俺も少し前まで死ぬほど悪夢にうなされていたわけだし、起きて泣くほどきつい悪夢もありうるかもしれない。千歳も悪夢を見るのか。
『でも、お前がさっき、おいでって言ったから、帰ろうって言ったから、ただの夢だったって思い切りがついた。もう別にいいんだ』
「そうなの?」
そんなにすぐ悪夢のきつさって解消されるものか? でも、俺も千歳に悪夢の詳細とか話したくないし、聞かれても「もう大丈夫」くらいしか言えないかもしれない。
「まあ、話したくないなら無理に聞かないけど……。でも、悲しいとかつらいとかあったら、俺できるだけのことするから、言いなよ」
いきなり泣かれてもびっくりするので、泣くなとは言わないけど泣いてる理由くらい知りたい。そう思って言ったのだが、千歳には首を傾げられた。
『自由に動けるようになってから、昨日まで、特に悲しいとかないな』
「……ハッピーなのはいいことだ。あ、そうだ、思い出した。事故大丈夫だった?」
『事故?』
「スーパーに暴走トラックが突っ込んだだろ、千歳そこにいたんだろ?」
そう言うと、千歳はとたんにしょぼくれた。
『……星野さんに怖がられた。嫌われた。もう話してくれない……』
「ど、どういうこと?」
千歳から聞いて、俺はやっとスーパーであった事故の詳細を把握した。「人を害したとは言いにくい」という、奥歯に物が挟まったような金谷さん(兄)の言葉が思い浮かぶ。
トラックを弾き飛ばしたのは千歳であり、その結果トラックはスーパーに突っ込んだわけだが、千歳がそんなことをしたのは星野さんを助けるためだ。とっさに弾き飛ばしたわけだから、意図的にトラックをスーパーに突っ込ませたわけでもないだろう。トラックの運転手は心配だが、確かに千歳が人を害したとは言いにくいし、星野さんを中心に物事を見るなら、千歳は人助けをしたとすら言える。
「それは、さ……確かに星野さん、驚いてもおかしくないけど、でも千歳は悪くないよ、いいことしたよ、星野さんに会ったら、俺からもちゃんと千歳のこと説明するよ」
千歳に対しても星野さんに対しても、できるだけのフォローをしようと思ってそう言ったのだが、千歳はますますしょぼくれた。
『でも、スーパー壊れたし、星野さんもうあのスーパーに来ないかもしれない……』
「それは……」
その時、玄関からノックの音がした。ついで「星野です、いますか?」の声。
『星野さん!』
千歳は飛び上がった。立ち上がりかけたが、出ていこうか迷う素振りだ。俺は「とりあえず俺出るよ」と千歳を制し、玄関に向かった。
ドアを開けると、予想通り星野さんがいた。かなり戸惑った顔を向けられた。絶対に千歳関連で来ている。
「その、こんばんは……」
「こ、こんばんは、あの、千歳のことだと思いますが、実は俺と千歳、特に兄妹というわけではなくて、その」
どこから説明しようかわからず、だいぶ遠いところから説明が始まりかけたが、星野さんに言われた。
「その、あのね、千歳ちゃんに、謝りに来たのよ……」
「え、それは、その」
「あのね、千歳ちゃんは変わった生い立ちの子なのかなとは思ってたけど、今朝は信じられないことばかりで、驚いてしまって……でもあれはやっぱり千歳ちゃんだったみたいだし、千歳ちゃんがいなきゃ私大怪我だったみたいだし……悪くしてたら死んでたかもしれないし……」
後ろでボンと音がした。千歳(女子中学生のすがた)が、恐る恐るといった感じで玄関までやってきていた。
『ほ、星野さん……』
「千歳ちゃん、その……今朝はごめんなさいね。助けてくれて、ありがとう」
星野さんも、かなり恐る恐るといった体で千歳に話しかけていた。だが、視線はまっすぐ千歳のことを捉えていたので、たぶん大丈夫じゃないかと思った。
『……また話してくれるか? ワシのこと、嫌いじゃないか?』
「嫌いじゃないわ、できたら……あの、また、仲良くして?」
『本当?』
「本当よ」
『その、今朝聞いてほしい話があって会いに行ったんだけど、今度でいいから聞いてくれるか?』
「聞くわ、千歳ちゃんのこと、いろいろ教えて」
『うん!』
千歳の顔がパッと明るくなった。
よかった、本当によかった。この件は、いくら俺がフォローしても、星野さん側がどうにかならなきゃ、千歳は悲しんでいたままだっただろうし。
千歳と同居している人間として、星野さんに完全に誤解させていた責任はあるよなと思って、俺は星野さんに言った。
「……信じがたい話ばかりだとは思うんですが、そのうち、俺からも千歳のことちゃんと説明させていただきます。その前に、拝み屋の子とか神官の人とか尼さんとかが、星野さんのところまで話をしに来るかもしれませんけど」
「え? 尼さんだったら会ったわ、今朝何があったのか聞かれたわよ」
仕事が早いな、あの人たち……。
「ごめんなさいね、謝るのが先だと思って来たんだけど、バタバタしてて、家の夕食まだ作ってないのよ。埋め合わせは、また今度させてね」
『水曜の朝、スーパー来るか?』
「開店くらいに行くわ、その時おしゃべりしましょ」
『うん!』
俺は、ふと思いついて言った。どうも、千歳と星野さんは口約束で待ち合わせていて、連絡先の交換はしていないようなので。
「あの、もしよろしければ俺と連絡先交換させていただいてもよろしいですか? 千歳はLINE使えなくて……というか、千歳、スマホ持ってないんです」
「え? ええと、とりあえず電話番号でいいかしら? 娘に、電話番号からLINEのアカウント探せる設定にしてもらってるから、LINEはそれで探してちょうだい」
「ありがとうございます、俺のLINE、和泉豊って本名でやってるんで、それが連絡取ってきたら認証してください」
星野さんは小さなメモに電話番号を書き付け、俺はそれをもらった。「じゃあね、水曜日またね千歳ちゃん、何かあったらお兄さんの方に連絡するわね」と言って、星野さんは帰っていった。
玄関のドアを閉めて、俺は言った。
「よかったな、千歳、星野さんわざわざ来てくれて」
『うん!』
別にケンカしたとかではないから仲直りというのもおかしいが、千歳は星野さんと仲直りできて、すっかり回復したようだった。
『うちも夕飯にしないとな、ありものでなんか作るか』
「ああ、そうか、食べるの忘れてた」
『……そういえば、お前、今日昼飯どうしたんだ?』
「いや、だから食べるの忘れてた」
『おい!』
千歳は怒った。
『なんでワシがいないだけで食い忘れるんだ! 何も作れないわけじゃないだろ!』
「いや、まあ、作れなくても冷凍してるベーシックパンあるけど、てか今日はずっと外で正直千歳のこと探しててそれどころじゃなくて、食べるところに頭が向かなかったというか」
『別にワシ、小さい子供が迷子になったとかじゃないんだぞ、外の飯くらいコンビニで調達できるだろ』
「物理的にはできたと思うけど、気持ち的にそれどころじゃなかったんだよ……」
『…………』
千歳はちょっと気まずくなったらしく、口をへの字にして頭をかいた。
『ええい、じゃあ昼の分も作るぞ、お前いつもの倍食べろ!』
「入んないよ、五割増しくらいで勘弁してください……」
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