ホントは楽しく過ごしたい
朝起きたら、枕元で怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)がぐーすか寝ていた。睡眠が必要でない上、最近はラジオで夜の無聊を慰めていた千歳なのに、珍しい。まあ寝たければいくらでも寝ればいいと思うけど。
千歳を起こさないように布団を直し、日課のラジオ体操第一をやったが、千歳はむにゃむにゃ言いながら寝っぱなしだ。もう完全に朝なので起こしていい時間帯なのだが、普段寝ない人を無理やり起こすのも悪い気がする。あと、今起こすと、千歳に朝ごはんを要求して起こしてるみたいで、なんか情けない。
幸い、俺は今日は調子悪くなくて、多少なら動ける。
「……代わりに作るか」
味噌汁くらいなら俺も作れるし、千歳はご飯をまとめて炊いてるから、茶碗に盛って電子レンジで温めるだけでいい。あとは卵でも焼くか。もう一品おかずになるものがあってもいい気がするけど。
冷蔵庫をのぞくと、使いかけの長ネギと豆腐があった。あと納豆もあった。これ使えばいいや。
適当に味噌汁を錬成し、目玉焼きを作り、ご飯を盛って温め、多めに切って納豆用に取り分けていたネギを納豆パックに入れていると、やっと千歳が起きてきた。
『え? お前飯作ってるのか?』
千歳(女子中学生のすがた)は目をしょぼしょぼさせていた。本格的に寝てたなこれは。
「あ、起こすのも悪いかと思って。ネギと豆腐使ったけど、大丈夫だった?」
『……大丈夫だ』
千歳は、目をぱちぱちしながら台所を見回していた。千歳的には俺の味噌汁と目玉焼きは及第点だろうか。目玉焼きは、千歳みたいにちょうどいい半熟にするのは難しいけど。
「大体できたから今持ってくよ。千歳は座ってな」
『……いいのか?』
「まあ、たまには。味噌汁くらいなら、千歳が材料買ってきてくれてるから作れるし」
『…………』
千歳は、大人しく食卓にしているテーブルについた。なんかさっきから元気ない気がするが、寝起きでボーッとしているのだろうか?
「ほら、今日は目玉焼きと納豆。目玉焼きあんまり半熟じゃないけど」
箸とともに皿を並べ、味噌汁と茶碗も並べる。
「ほら、どうぞ。いただきます」
『……いただきます』
一緒に食べ始めたが、やっぱりなんか千歳は元気がない。俺の舌では普通の味に思えるけど、味噌汁、千歳の口に合わなかっただろうか? ていうか、自分の作った料理を人に食べさせるの、地味に初めてじゃないか俺?
とりあえず、千歳に聞いてみる。
「味噌汁どう? 人に食べてもらうの初めてなんだけど」
『……意外にちゃんとしてる』
「口に合う?」
『……うまい……』
まあ、ネギと豆腐に出汁入り味噌だから、よほど味噌が多いか少ないかしない限り、失敗しようがないか。
目玉焼きに取りかかる。やっぱりちょっと固すぎたなあと思っていたら、千歳が話しかけてきた。
『お前、当たり前にワシの分も作るんだな、自分が食べれればそれで用足りるのに……』
「え?」
『……これが普通で、こっちが現実で、こっちは夢じゃないのに、どうしてワシは……』
俺は目を疑った。千歳がぽろぽろ泣いている。びっくりしすぎて、俺は立ち上がりかけた。
「ど、どうした!? なんかあった!? もしかして味噌汁ありえないくらいまずかった?」
『味噌汁はうまい……』
「泣くほど!?」
『味噌汁の問題じゃない……』
「じゃ、じゃあどうしたのさ」
『……なんでもない! ちょっと変な夢見ただけだ』
千歳は鼻をすすりながら涙をぬぐって、ごまかすように味噌汁を飲み干した。
『食い終わったら買い物行ってくる』
「スーパー開くまで、まだだいぶ時間あるけど……」
『星野さんに会うからいいんだ!』
千歳はヤケ食いしているかのようにご飯も納豆もガツガツ食べ、あっという間に食べ終わり、食器を台所に下げに行った。
「食器洗うのも俺やっとくから」
『……わかった』
千歳は俺の方を見ずに、この前買った鍵付き収納ボックスまで行って中をごそごそし、エコバッグと財布を取り出した。
「もう行くの?」
『別に、いつ行ってもいいだろ』
「まあ、うん……」
俺の食事の世話のために買い物してくれてる相手がいつ買い物に行ったって、俺がとやかく言えるものではないが(お礼しか言えないが)、でも千歳の様子はやっぱりおかしい。
「千歳、なんか困ってるとか悲しいとかあるなら、話してくれれば俺できるだけ……」
『もう行ってくる!』
千歳は俺の方を見ずに、一目散に玄関まで行って外に出てしまった。
そのまま、千歳が夜まで帰ってこないとは、流石に俺も予想できなかった。
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