禁忌は詳しく語りたい
ドラッグストアで、洗濯用洗剤と食器用洗剤、あとコーヒー詰替えが一人一点まで安いとかで、怨霊(女子中学生のすがた)(命名:千歳)に頼まれて買い物についてきた。ついでに俺がカフェインの次に信仰しているロキソニンを補給しようと思ったのだが、ロキソニンは薬剤師さんがいないと買えず、今日はこのドラッグストアに薬剤師さんがいなかった。かなり悲しい。
ついでに、入浴剤の補給もした。
「千歳、ゆずの入浴剤好きなのは知ってるけど、梅雨あけたら流石にクール系入浴剤にしない?」
湯船に浸かるようになって、肩首背中ついでに腰の痛みがじわじわマシになってきている。なので、夏も引き続き湯船に浸かろうとは思っているのだが、風呂上がりの汗はなんとかしたい。
千歳は渋い顔をした。
『スースーするやつか? あんまり好きじゃないな……』
「あんなにチョコミント好きなのに!?」
『チョコミントはチョコでミントだからいいんだ!』
「チョコミン党の主張よくわかんない……」
ゆず薄荷なる入浴剤を見つけ、これでなんとか千歳を説得しようと試みていると、「あら
、千歳ちゃん、お兄さんと一緒?」と声をかけられた。
「あ、星野さん……千歳がお世話になってます、この間は梅ありがとうございました」
「どういたしまして、お返しのカリカリ梅おいしかったから、むしろ得したわ」
『星野さんもドラッグストアはここなのか?』
「そうよー、こっちで会うの初めてね」
『娘さんに送るものそろったのか?』
「今日でそろえるわ。もうね、妊娠した途端にピリピリしちゃって。私があの子妊娠してた時だってあんなじゃなかったのに」
どうも娘さんがおめでたらしい。
「肌トラブルがすごいって言うから、私が昔使って効いた漢方薬も一緒に送ろうと思って」
『肌にいい漢方薬とかあるんだな!』
過去に蓄積した知識が刺激される。肌のために使われる漢方薬はいろいろとあるが、一般のドラッグストアでも手に入る種類で、割とメジャーな漢方薬と言ったら二つ、実質ひとつ。口を出さなければ何も起きないと思いながら、どうしても星野さんの手元を見てしまう。
「……桂枝茯苓丸加薏苡仁」
星野さんの目が丸くなった。
「あら、なんでわかったの?」
何かあってからでは遅い。その気持ちが俺を突き動かした。そういうことには関わるまいと思ってやってきたのに、俺の口から、どうしても言葉が出てしまった。
「あの、星野さん、ダメです。それ妊婦さんは飲んじゃいけないやつです、薬剤師さんいたら多分同じこと言います。今このドラッグストア薬剤師さんいませんけど、俺は特に資格とかあるわけじゃありませんけど、それを娘さんに送って飲ませちゃダメです。どうしても買うなら俺は止められませんが、お願いですから、娘さんに送る前に薬剤師さんに妊婦さんに大丈夫な薬か聞いてください。お願いです」
星野さんはぽかんとした。絶対に、長々といきなり何を言い出すんだこいつと思われた。千歳も不思議そうな顔で俺を見ている。
『お前、なんでそんなに怖い顔してるんだ……?』
俺はあせった。
「い、いやそんな、怖がらせようなんて気持ちはミジンコも! ちょっと顔に力はいったかもしれないけど!」
『だって、そんな真剣な顔してるの始めて見たぞ』
「別に俺、そんな不真面目な生き方はしてないんだけど……」
星野さんが割って入った。
「えっと、よくわからないけどこれ妊娠中はダメなの? 胎児に悪影響とか?」
「胎児というか、特に子宮の血行をよくして血行不良の生理痛をよくする漢方薬がその漢方薬の元々なんですけど、それが妊婦さんで起こると、胎児を保持できなくなる可能性があるんです」
「流産とか、早産とか?」
「一言で言えば、そうです」
「…………」
星野さんの顔色が、明らかに変わった。
「あ、いや、俺なにか資格があるわけでは全然ないんですけど、だから納得できなかったら薬剤師さんに確認してほしいんですけど、その」
あわてて俺が言い訳すると、星野さんは両手で俺を抑えるようなジェスチャーをした。
「いえ、いいわ。確かに生理痛に効くとは聞いたことあるわ。やめておくわ」
「そうですか、ならいいんですけど……」
「妊娠したら食べるものや薬にいろいろ気を使わなきゃいけないのは知ってるのに、ダメね私」
星野さんは苦笑いした。俺はフォローの必要性を感じた。
「……お子さんのこと考えて行動されて、それが例え間違ってても、周りの話聞いて行動を変えられるなら、それはすごくいい親御さんだと思います」
割と本音でそう言うと、「別にそこまで持ち上げなくてもいいのよ」と言われた。
翌々日、千歳が買い物から遅く帰ってきて、『星野さんにお菓子もらったぞ! お前あてだぞ!』と、明らかに高級なギフト用のお菓子の箱を渡してきた。
「えっなんで、うわ、フルーツゼリーのいいやつだ」
『なんでってお前、星野さんに妊婦にダメな漢方薬のこと教えただろ』
「ああそうか、でも別に気を使わなくていいのに」
『星野さんはめちゃくちゃ感謝してたから受け取れ! 子供とかその子供って、人間はすごく大事なんだぞ!』
「まあ、それはそうだけど」
『ワシ、星野さんにお前の好きなものとかダメな物とか聞かれて、一緒に選んだんだぞ』
だから帰りが遅かったのか。
『レモンのシャーベット好きって言ってたから、レモンとか日向夏とか八朔とかのゼリー入ってるやつ選んだぞ、ありがたく食え』
「じゃあありがたくいただきます……たくさんあるから、千歳も食べなよ」
『お前のなんだから、お前が食え』
「賞味期限以内に食べ切れる気がしないと俺の胃腸が言ってる」
『お前、いろんな意味で腹弱いな……』
千歳は呆れた顔をした。
「腹弱いし、あと、ゼリー食べすぎると、千歳の作ってくれたご飯が入らないし」
『子供か! まあ、そういうことなら食べてやらんでもない、冷蔵庫で冷やしとくぞ』
「よろしく」
千歳はギフトの箱を持ち直して、台所まで運んでいった。星野さんには、俺は千歳の頼りなさすぎる兄として認知されてたっぽいが、予想外のところで感謝されてしまった。
まあ、千歳の仲良しといい関係を築いておくのはいいことだと思うし、いいか。
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