なんにも怖いことはない
俺はどうしてこんなところにいて、よく知らん人大勢に囲まれているんだろうか。
俺の目の前の席には、恰幅の良い体に狩衣姿の、まだ若い神官。
その右には、こないだうちに除霊に来て失敗した女の子、金谷さん。
左には、三十前後の品の良い尼さん。
さらに周囲には、僧衣をまとった人々や神官っぽい平安朝の衣装の人々、割と動きやすそうながら黒を基調とした服装の人々がずらり。年齢も性別もさまざまだが、老齢の人間はいない。
金谷さんから連絡があったのは先日だ。
「あの霊について、詳しい者からお話させていただきたいのです。食事の席を設けますので、おいで頂けませんか?」
会席の場に打診されたのは、相当遠くにある懐石料理屋(別に洒落ではない)で、価格帯を調べてみたら、とんでもなく高かった。
「遠いのでちょっと行きにくいです」と返すと、「もちろんお車をお出しします、日時はそちらのご都合に合わせますので、ぜひお話させていただきたいです」と返ってきた。断りにくい。
「なるべく都合はつけますが、低気圧が来たら行けなくなる可能性が高いです」
と返したが、当日は近頃珍しい晴天だった。
久々にジャケットを羽織り、金谷さんに伴われて高そうな車に乗り、ずいぶんドライブして店について、部屋に入ったら大勢の方々でお出迎えである。かすかにざわついている。
(この人が……!?)(霊力は感じないが……?)(消耗しているように見えるし影響は出ているのでは……?)
なんか品評されているのがわかった。
促されるままに席につき、金谷さんの兄だという恰幅のよい男性から自己紹介を受け、周りの人たちは同業者だと説明され、とりあえずこちらも名乗ってあいさつはしたけれど、話が全く見えない。高そうな料理が運ばれてきて、まずお食事をと促されたけれど、ろくに喉を通らない。いたたまれなくてこっちから話を切り出した。
「あの、お話とは何でしょうか……気になるので、そろそろお聞かせ願えませんか」
「……失礼いたしました。込み入った事情も含みますが、そろそろお話させていただきます」
神社の神官をしているという金谷さん(兄)が頭を下げた。
「和泉さま。単刀直入に申しまして、お願いしたいことと、教えていただきたいことがございます」
「教える?」
「我々の味方になっていただきたいのです。そして、どうやってあの怨霊を調伏して、使役しているのかをぜひ教えていただきたいです」
「み、味方ですか」
敵対の意思なんて元からないけれど。てか調伏も使役も心当たりが無いけど。
「あの、神社とか仏教の方とか、あと妹さんみたいな格好の方が揃ってらっしゃいますが、これはつまり拝み屋とか、霊能力者みたいな方の集まりなんでしょうか?」
金谷さん(兄)は少し眉根を寄せた。
「……そういうことを生業にしている人間にはいろいろおりまして、あの怨霊に関してはさまざまな意見があるのですが、我々は、あの怨霊を、どんな手を使ってでも大人しくさせておきたい者どもです」
「特に危険はないと思いますが……」
現状として、千歳からは全く害を被っていない。むしろいてくれて助かっている。だが、金谷さん(兄)は厳めしい声で言った。
「あの怨霊が、なぜ大人しいのか、まったくわからないのです。和泉さまが傷つけた祠ですが、あそこには、世の中に恨みを持って死んだ者ばかりが集められて封印されています。少しでも祠を傷つければたちまち牙を剥き、何百年と祟ります」
怖。
「どうしてそんな危ない祠が神奈川の片田舎にあるんですか?」
思わず聞いてしまった。
「核処理場を首都には作りませんが、有事の際を考えると力のある者がすぐ駆けつけられる場所が適切なので」
妙にリアリティのある説明で怖い。ていうか千歳は核物質に例えられるレベルなのか。
「むやみに触れることもためらわれる祠なので、壊れていることがわかるまで時間がかかりました。強大な霊の情報を得て、私の妹がそちらにお邪魔しましたが、祓えないどころか何もできなかったので、考えられていた以上に強力な怨霊だと言うことが広まりまして。今のところ何も起きていませんが、それが奇跡的な状態です。いつまでも奇跡が続くとも思えないので、こちらでわかる事情の説明をさせていただき、和泉さまにお話をお伺いする場を設けました」
会席の場所といい、先程からのこの人の態度といい、俺はこの場で割と丁重に扱われている感じは受ける。けれど、俺は千歳に特別なことをしているわけでは全然ないから、何をどうしていいかさっぱりわからない。
「いや、その、私が協力できることはできる範囲でさせていただきますし、わかることはお答えしますが、特に何もありませんよ?」
千歳との初遭遇を思い返しつつ、俺は答えた。
「私が転んで祠を傷つけてしまったので、ち……その、あの怨霊が出てきて私を子々孫々末代まで祟ると言ってきたのですが、私の体が悪い上に不安定な職業なので、たぶん自分で末代だ、と言ったら怨霊の方があせりだしてしまいまして……。体を治して稼いで子孫を作れと言って、いろいろ世話を焼いてくれるようになっただけです。私は怨霊が出てくるまで心霊体験もありませんでしたし、霊能力的なものも特にないと思います」
金谷さん(兄)はうなずいた。
「和泉さまのご出身とご経歴からすると、確かにそういうこととは無縁で過ごしてこられたようですが」
調べてんのかよ、怖。
すると、金谷さん(兄)の隣りにいた尼さんが片手を上げた。
「失礼します、確認させていただきます……今、わたくしの左肩に何か見えますか?」
そう言われて、尼さんの肩をよく見てみるが、特に何もない。目を細めたりもしてみたが、やはり空間しかない。けれど、金谷さん(妹)や周りの人々は、ぎょっとした顔をした。
「まったく何も見えません、後ろのふすましか見えません」
そう答えると、金谷さん(兄)が尼さんと俺を何度も見比べた。
「……そのようですね」
金谷さん(兄)はため息をついた。
「私に霊は見えませんよ、あの怨霊が例外なだけで」
俺がそう言うと、金谷さん(兄)は困った顔になった。
「しかし、それでは一体、どうやってあの怨霊を使役してらっしゃるのですか? 妹からは、便利に使っていたと聞いていますが」
確かあの場では、千歳にタオルと雑巾を持ってきてもらった覚えがある。そこまでこき使ってるように見えたんだろうか。
「いや、まあ、世話になってはいますが、使役というわけでも……料理とか買い物とか付き添いとか、やってもらうと助かるので、いろいろ頼んではいますし、あっちも俺の体治して稼がせて子孫を残させるためにっていろいろやってくれていますけど」
「そうですか……」
金谷さん(兄)は首をひねって、かなり困惑した風だった。
「特に霊力があるわけでもない、使役できている理由に心当たりがあるわけでもない……ううん……」
大変なことになるはずなのに、何も起こらない。そして何も起こらない理由は不明。割と困る状況ではあると思う。千歳がもし強大な存在なら、なおさら。
「ええと、そうですね、怨霊が大人しい理由で、何か思い当たることがあったら、金谷さん……妹さんにまた連絡させていただきます。そういうことでよろしいでしょうか?」
「……そうしていただけると、大変ありがたいです」
その他には、大したことを聞かれるまでもなく、会席の場はお開きとなった。
フードロス削減の風潮が高級店にもあるのか、俺が手を付けなかった料理を、店員の人が折り詰めにして持たせてくれた。
「お早めにお召し上がりください」
「どうも、ありがとうございます」
店を出ると、金谷さん(兄)が金谷さん(妹)と一緒に店から出てきて、俺に声をかけた。
「お車を回します、少々お待ち下さい」
「あ、どうも……あ、少し待ってください」
スマホを出す。この間、買い物で冷蔵庫の不足の品をメモし忘れた千歳が、お前が家にいるんだから連絡して確認してもらえばよかったと愚痴っていたので、千歳のタブレットでディスコードのアカウントを作り、俺と千歳でメッセージのやり取りや通話ができるようにしてあった。
通話のやり方はひと通り千歳に教えてあるが、千歳はネットを使い慣れていない。今通話してみて、千歳がディスコードを使いこなして通話に出られる確率はというと、半々と言ったところか。
ダメ元で通話してみる。多少時間はかかったが、果たして千歳は通話に出た。
『どうした?』
「あ、千歳? よかった、通話出られたね」
『ちゃんと出られたぞ! 何かあったのか?』
「あのね、折り詰め持って帰るから、今晩のおかず少なくていい。早めに言っとこうと思って。おいしいと思うから、一緒に食べよう」
『そうか! じゃあ一品少なくしとくぞ』
「よろしく」
通話を切ったら、金谷さん(兄妹とも)が、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
金谷さん(妹)が口を開いた。
「す、すみません、聞き耳を立てていたつもりではないのですが……今話していらした相手は、もしかして、あの怨霊ですか……?」
「そうですけども」
別に聞かれて困る話でもないので、聞いていてもかまわないのだが、今度は金谷さん(兄)が口を開いた。
「……あの怨霊と、日常的に一緒に食事をしていらっしゃるんですか?」
「ああ、その、あっちも食事食べられるんで……必須ではないみたいですけど。私だけ食べてるのも悪い気がして、メインで食べてるのは私ですが、あっちにも分けて食べさせてますね」
金谷さん(兄)は考え込んでしまった。
「……供物扱い……? 供養の一環と捉えられている……? それだけで抑えられるとは思えないが……」
金谷さん(兄)がそのまま固まってしまったので、「すみませんが、お先に失礼します」と妹さんの方に声をかけて、車に乗せてもらって家まで帰った。
夕飯で折り詰めを開け、エビの天ぷらを千歳にあげたら、尻尾までバリバリ食べていた。
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