一緒にお湯に浸かりたい

『おい、お前を家で湯治させるぞ』

「な、何? 突然」

作業が一段落したので台所でインスタントコーヒーを入れて戻ってきたら、タブレットで計算に集中していた怨霊(男子中学生のすがた)(命名:千歳)がやおら立ち上がった。

『このところ、ワシもちょいちょい飯食っとるが、それでも今月の食費が七千円くらいあまった』

「おおー、やりくり上手で助かる」

拍手して手放しにほめると、千歳は微妙に照れくさそうな顔をしたが、仕切り直しか、咳払いして話を続けた。

『お前は貯金しかしたがらんが! ワシが節約した金なんだからワシにも使い方を決めさせろ!』

貯金はしておきたいが、千歳の主張も最もなので、俺はとりあえず話を聞くことにした。

「何に使いたいの?」

『湯船に湯を張るのと、入浴剤に使いたい。そんでお前、毎日湯船に浸かれ。それなら家で湯治したのと同じだろ』

「ああ、まあ、確かに……でも入浴剤はともかく、水道代足りるかな? ちょっと調べさせて」

湯船に浸かるのは確かに気持ちいいし、全身の凝りや痛みにもいい。定期的に千歳に揉んでもらわないと肩も背中も腰もバキバキに痛い俺の体にはおすすめだと思う。でも第一に費用が気になる経済状況が悲しい。

パソコンでブラウザを開いてざっと調べてみる。一人暮らし用の浴槽だとして、一回三十円ほどで済むらしい。一ヶ月で三千円と少し。入浴剤の代金を入れても、七千円で十分お釣りが来る。

『足りるか?』

「いけるね」

『じゃあ入浴剤を買うぞ! この間、スーパーの店員に聞いたらドラッグストアとか言うところの方がたくさん置いてあるって言ってたから、今日そこで買うぞ!』

すでにリサーチができているようだ。

『お前、来られるなら来い、お前に入浴剤選ばせてやる』

「え、なんでもいいけど」

『お前がいい入浴剤じゃないとあんまり意味ないだろ! 体きついとかなら仕方ないが、そうじゃなくて来ないなら、しばらく体揉んでやらんぞ!』

「行きます、コーヒー飲んだら行けます」

『よし!』


というわけで、千歳(女子大生のすがた)と連れ立ってドラッグストアまで来たが、千歳は明らかにとまどっていた。

『なんでこんなにたくさん入浴剤があるんだ!』

大きい棚一面にいろいろな種類の入浴剤が詰まっている。適当に買いに来たのなら、たしかに困る量だ。

「香りとか効能とか、趣味の世界に片足突っ込んでるジャンルだからね……コロナ禍でゆっくりお風呂する需要も増えたらしいし」

『どう選べばいいんだ……ありすぎてどうすればいいかわからん』

「んー、医薬部外品の入浴剤なら、温浴効果は確からしいよ」

『医薬部外品って書いてあるのだけでも、たくさんあるぞ』

「安いのでいいよ」

『なんか好きな香りとかあるか?』

「うーん、あんまりフローラルって気分じゃないな……ハーブ系とか、ゆずとか、ひのきとか?」

棚の前でかがんで品物を吟味する千歳に付き合ってかがむ。

『森の香りって、ひのきか?』

「まあ、同じジャンルと思っていいんじゃない」

『ゆずもあった! ユーカリって、ハーブか?』

「うん」

『じゃあ安いしこれも買おう』

「小分けのがたくさん売っててよかったね」

『うん、これで一ヶ月分くらいあるな』

かごに入浴剤をたくさん放り込み、ついでなので歯ブラシだのカミソリの替刃だのゴミ袋だのも買った。


その晩、湯船にお湯を張って、とりあえずゆずの入浴剤を放り込んでみたが、なかなかいい塩梅だった。腰にも背中にも染みる。湯の量をケチって、肩までしっかり浸かれる量を入れなかったのが悔やまれる。

『なあ、どんな感じだ?』

風呂場のドアの向こうから千歳の声がした。

「いい湯だよ」

『なあ、いいにおいだから後でワシも入ってみたいぞ。いいか?』

「うん?」

入るのは全然かまわないが、この湯船、安い物件だから追い焚き機能なんてないし、今の段階で少しぬるめだし、俺が出たあとだと冷めているかもしれない。差し湯してもいいが、俺が出たあとすぐ湯船の湯を抜いて掃除できないのが、地味に面倒くさい。

「今一緒に入らない? 俺のあとだと冷めてると思う。千歳がいつもご飯食べてるサイズなら楽に入れると思うよ」

『じゃあ今入る!』

千歳(幼児のすがた)が風呂場に飛び込んできた。

「ざっとシャワー浴びてからね」

『今この格好になったばかりだから、別にどこも汚れてないぞ。垢も出ないし』

「気分の問題!」

千歳を俺の足の間に入れて、改めてしばらくお湯に浸かった。千歳が入ったのでお湯の位置が上がって、肩まで浸かれる様になったのでよかった。

千歳はいたって上機嫌だった。

『森の香りの湯にも入りたいぞ!』

「じゃあ明日は森の香りにしよう」

『そうだな!』

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