今後も一緒に暮らしたい
図書館帰り、人混みを怨霊(女子大生のすがた)と一緒に歩いていたら、袈裟を着たお坊さんとすれ違った。こんな町中で珍しいなと思って、なんとなく視線で追っていたら、お坊さんは驚いた顔でこちらを二度見した。
そんなにジロジロ見ていたかな、と不思議に思ったが、一瞬後、怨霊の存在に思い当たった。霊感があるような人が怨霊を見たら、ぎょっとするのかもしれない。というか、俺を祟ると言って現れた存在だから、意外と厄い存在かもしれない。
とりあえず、穏当な表現を用いて怨霊に聞いてみた。
「あんた、意外と強い霊だったりする?」
この怨霊に会うまで、俺の人生で心霊体験はゼロだ。霊感なんてないと思っていたので、そんな俺に見えて聞こえて触れるとなれば、この怨霊の力はかなり強いのかもしれない。
怨霊は事もなげに答えた。
『お前を七代祟れる程度には強いぞ。霊の中でどれくらい強いかは知らんが』
「霊感のある人なら、今の格好みたいなあんたを見ても、人間じゃないってわかる感じ?」
『うーん、試したことはないが、わかってもおかしくないと思うぞ』
「ふーん」
その時はそれで納得してしまったし、こちらを二度見したお坊さんが、慌ててどこかに連絡したらしい事にも気づかなかった。
翌日、パソコンの前で仕事をしていたら玄関のチャイムが鳴った。インターホンがない部屋なので、チャイムの後、玄関のドア越しに「いらっしゃいませんか?」と女性の声がした。
Amazonその他はコロナ禍以降、置き配を頼んでいるし、近所付き合いも特にないから、俺はまず訝しんだ。
「変な勧誘とか訪問販売とかだったら嫌だな……」
布団を干そうとしていた怨霊(ヤーさんのすがた)が布団を置いた。
『ワシが出るか? 今の格好なら追い返しやすいぞ』
俺は少し考えた。主に、この部屋は一人暮らしだと申告して借りており、二人暮らしと誤認されると契約上厄介だということを。
「同居人がいると思われると大家さんに怒られるかもしれないから、一応俺出るよ。しつこそうだったら、適当なところで出てきて圧かけて」
『わかった』
俺は「すいません、今出ます」と声をかけて玄関のドアを開けた。ドアを開けた先には、若い女の子が立っていた。高校生くらいだろうか。動きやすそうな服装に、背中に何やらいろいろ背負っていて、片手には何か入った瓶、もう片手には何かを握り込んでいる。
「こんにちは、拝み屋をやっている金谷と申します。本日はあなたに憑いている霊を祓いに来ました」
「……はい?」
「ああ、だいぶやつれていらっしゃる! 今すぐ祓いますから!」
「いや、これは元から……」
「悪霊退散! 悪霊退散!」
水をぶっかけられた上、何か粉をぶっかけられた。
「何!? ちょっと何!?」
「突然で大変申し訳ないのですが、あなたには大変強い悪霊がついています! 近所にある祠に何かしましたね?」
心当たりしかない。とすると、今ぶっかけられたのは聖水とか塩とかだろうか。
「心配いりません、ルルドの湧き水の聖水とうちの神社で作った清めの塩で悪霊はほぼ祓えますから!」
キリスト教なのか神道なのか、はっきりしてほしい。ある意味、非常に日本的とも言えるが。
騒いでいたら、怨霊が奥から出てきた。
『おい、変な奴みたいだな! 追い返すか!?』
「あ、ちょっと待って、あんた出たらまずい!」
こいつを祓うと言うことは、こいつがいなくなるということで、それはなんだか気分が悪い。生活上も困る。押しとどめようとしたが、新たな瓶と塩を取り出した女の子の攻撃のほうが早かった。
「出てきたな!! 悪霊退散!!」
『冷たっ!』
怨霊はもろに水と塩をかぶったが、それだけだった。女の子は驚愕した。
「き……効かない!? 煙すら立たない!?」
怨霊は頭をぷるぷる振りながらぼやいた。
『何だこの女? 何しに来たんだ? 帰れ、コラ』
「嘘だ、そんな……」
女の子は呆然と立ち尽くしている。怨霊は女の子の反応を意に介せず俺に顔を向けた。
『おい、お前も水かけられたのか?』
「あ、うん……大丈夫? なんかあんたを倒しに来たみたいだけど、この子」
『冷たい』
「それだけ?」
『それだけだな。おい、ぬれたままだと風邪ひくぞお前』
「そこまではぬれてないけど……顔拭きたいな。タオル乾いてる? あと塩もまかれたみたいだから、雑巾ほしい。水と一緒に拭きたい」
『乾いてるぞ。雑巾も持ってくる』
怨霊は奥に戻っていった。女の子はまた驚愕した。
「あ、悪霊を、使役している……?」
何に驚いているのかよくわからないが、とりあえずこの子にはお引取り願いたい。俺は正直なところを話した。
「あの、確かに俺、すっ転んで近所の祠壊して、あいつはそれに怒って『子々孫々まで祟ってやる』って出てきたんですけど、俺が子孫残しそうにないんで、稼いで子孫作れって言って食事作りとか身の回りの世話してくれてる現状なんで、特に害はないです。俺がやつれてるのは元から不健康なだけです。あいつは俺以外の人間への害意もないし、ほっといても変なことにはならないと思うんで、祓うとかはちょっと……」
女の子はまだ驚いた顔で黙っていたが、やがて言った。
「おみそれしました……!」
「はい?」
女の子はキラキラの目になっている。
「あのレベルの霊を使役されているとは……! 相当の力がないとできないことです! さぞかし名のある血筋なのでしょう! どこで修行されたのですか!?」
どっちも全く心当たりがない。俺は神奈川県の薬局の家に生まれ育ったその辺の人である。
「いや、一般人です。そういうのなんの関係もないです」
「なんの修行もなしに使役を……!? 何という素質!!」
話がどんどん変な方に行っている気がする。
「祠が壊れているのは以前から騒ぎになっていたのですが、あそこにいた霊があなたのような人に使役されているなら安心です! 業界の者にもそのように伝えます!」
業界の者ってなんだ。あの祠、拝み屋業界にはそんなに有名なのか。
『おい、タオルと雑巾持ってきたぞ』
怨霊が戻ってきた。
「あ、ありがとう……」
顔を吹いていたら、怨霊が俺が言ったとおりに女の子に圧をかけていた。
『おい、そこの女、とっとと帰れ! まだ水かける気か! こいつに風邪ひかせたら容赦せんぞ!』
女の子は、怨霊に物怖じする風ではなかったが、俺に深々と頭を下げた。
「押しかけて本当に申し訳ありませんでした、出過ぎた真似をしました! 後日改めてお詫びに伺います!」
「いや、お詫びとか特にいいんで」
年の割に言葉遣いや礼儀はしっかりしている子だと思うが、それでも出会い頭に水かけてくる相手とはあまりお近づきになりたくない。
「いえ、本当に申し訳ありませんでした! 後日、クリーニング代として、いくらか包んで来ますから!」
その言葉を聞いて、多少とはいえ金が手に入る、と思って、いらないと追い返せなかった自分が憎い。
嵐のように来られて嵐のように去られて、掃除にもバタバタしたので体力がなくなってしまい、その日は疲れてあまり仕事ができなかった。早く布団に潜ってふて寝していたら、怨霊に風邪を心配された。
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