お前と一緒に囲みたい
俺は、とんでもないことに気づいてしまったかもしれない。
『どうした?』
朝の味噌汁の味見をしていた怨霊(女子大生のすがた)がこっちを見た。その味見が問題なのだ。
いや、怨霊が味見しているところは、これまでも見ていたと思う。見ていなくても、ごく普通においしい料理ができるんだから味見をしていて当然だと思う。だが、そこから導き出される結論にこれまで気づかなかった。
俺は恐る恐る聞いた。
「……あのさ、あんた、もの食べられるの?」
こいつがバリバリにものを食べられるのに、俺しか三食食っていないというのはまずくないか。何の法律にも条例にも触れているわけではないが、なんかまずい気がする。なんというか、食事時ものすごく気まずい。
怨霊はこともなげに答えた。
『食べられるぞ、食べなくても死なんがな』
怨霊に死の概念があるのか? という疑問がポップアップしたが、話が進まないのでとりあえず脇においておいた。今は別の話をすべきなのだ。
「……なんかごめん……」
『ん? どうした?』
「いや、俺だけ食べててさ」
『?』
怨霊はきょとんとした。
「いやさ、その、あんた、食べられるのに、いつも俺だけあんたの目の前で食べてて悪かったなって……」
怨霊は食事をしないと思っていたので、何も考えず食べていたが、食事ができる存在が何も食べないのに、その目の前で俺だけ食べていたとなると、かなり気まずい。しかもその食事はこの怨霊が全部作っているのだ。さらに気まずい。
怨霊は不思議そうな顔をした。
『ワシは食わんでも死なんし、ワシが食べても無駄だろ。味見は必要だからするが』
「うーん……でもさ、味がわかるなら、おいしいのもわかるってことじゃん」
『そうだな』
「それなら全然無駄じゃないと思うな……うまく言えないけど」
『…………』
怨霊はさらに不思議そうな顔をしたが、何度か首をひねってから言った。
『よくわからんが、ワシに何か食えというのか?』
「うん、まあ、完全に二人分の食費出すほど余裕ないけど、多少はいいんじゃないかと」
きっぱり二人分出すと言い切れない経済状況が悲しい。口ごもりながらも言うと、怨霊はもう一度首をひねった。
『じゃあ、余りやすい料理を適当に食うぞ。きっちり一人分作るのも、けっこう難しいんだ』
「あー、大抵のレシピは複数人表記だね」
『味噌汁が特に面倒だな。多くできた時はお前に多く飲ませてるが、そういうことなら、これから多い分はワシが飲むぞ』
「それがいいかな」
『味噌汁がある時は、白飯も少しよこせ』
「わかった」
『今日の味噌汁は多いからもらうぞ。白米も何日か分炊いてあるからもらう』
「うん、そうして。漬物とか魚も分けるから食べなよ」
そういうわけで、食卓にはいつも俺が使っている茶碗や皿と、怨霊が自分の分の味噌汁とご飯を盛ったありあわせの食器が並んだ。
「……今日、図書館に一緒に本返しに行くじゃない」
『そうだったな』
怨霊(小さい体ならたらふく食べた気になるとかで幼児のすがた)が菜箸で白米を頬張りながら言う。
「途中に百均あるから、箸とか茶碗とか、あんた用にもうひと揃え買おう」
『いいのか?』
「使うでしょ?」
『使う。まとめて食って改めて思ったが、ワシの味噌汁わりとうまいな。毎日飲みたい』
「じゃあ決まり、どっちも九時に開くから、予定より少し早く出よう」
『わかった』
誰かと囲む食卓は何年ぶりだろうか。コロナ禍や在宅仕事、自分から寄り付かなくなった実家。ずいぶんそういうものから遠ざかっていた。
百均に行ったら、『どうせ小さい体で食うから』と怨霊(女子大生のすがた)が子供用食器ばかり持ってきたので、「たくさん食べたっていいし大は小を兼ねるから」と大人用食器を買った。
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