低気圧にも勝たせたい

『なあ、おい、起きないのか』

「…………」

『飯ができてるぞ』

「…………」

前々から低気圧だと調子が悪いが、ここまでの爆弾低気圧は久しぶりだ。当然体調は地の底である。

『おい、生きてるか? 死んでないだろうな? おいお前、ワシは少なくとも七代祟るつもりでおるんだぞ? おい』

最近、食事の支度を任せきりの怨霊(黒い一反木綿のすがた)が布団の上からめちゃくちゃゆさぶってくる。体調が悪いときに騒がれると本当にしんどいので静かにしてほしい。

「……死んでないけど死ぬほど辛い……しばらくほっといて……」

『飯を食わないと体によくない!』

「……低気圧だからすべてがダメ……」

頭痛予測アプリで低気圧予報が見られるので、不調を予測して昨日のうちにできるだけ仕事を済ませた自分をほめてやりたいが、ほめたところで調子の悪さは変わらない。というか、体調が死ぬほど悪くなるのを正確に予測できるというのもなかなか精神に悪い。

『なあ、普通の飯は食べられないのか? ベーシックパンなら食べるか?』

「……普通の食事がいいけどほっといて……動けるようになったら食べるから……」

『…………』

頭まで布団をかぶっているので見えないが、怨霊はとりあえずあきらめたらしい。気配が遠ざかるのがわかった。

実を言うと食欲がないわけではなく、腹は減っているのだが、本当に体が動かない。気圧の波が落ち着くまでこのままなのはわかっているので、空腹に耐えてひたすら横になっているしかない。

『おい、動かなくていいから頭だけ出せ』

また怨霊の気配がすぐそばに来た。

「……ほっといてってば……」

『頭だけ出せ』

また布団の上からゆさぶられた。拒否し続けるほうが大変そうなので布団から顔を出したら、片手に料理を持った皿を、もう片手に箸を持った怨霊がいた。

『動けないなら適当に食わせるから口開けろ』

「…………」

介護か。俺は要介護レベルなのか。しかし自分の自律神経のイカれっぷりを考えると、あまり否定できない。

「……流石に、自分で食べられるから……」

『じゃあ食え! 今日の卵はちゃんと半熟だぞ!』

「うん……」

目玉焼きは半熟ながら、箸で切って口に運べるだけの固さがあり、よくできていた。浅漬けと味噌汁もうまかった。

最近、人間強度が下がりっぱなしかもしれないと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る