お前の調子を確かめたい

「もしもし……はい……あー、流石に今回は直接診察じゃないとだめですか……はい……行きます……はい、それじゃ予約どおりの時間に」

『どうしたんだ?』 

部屋で電話をかけていたら、最近ほぼ同居状態になっている怨霊に声をかけられた。

「いや、病院と電話。月イチか二週間に一度で薬もらってるんだけど、最近電話診療で済ませてたら、今度は流石に直接診療じゃないとだめって言われた」

自律神経が死んでも大した治療法はないが、薬がないわけでもない。安定して自律神経が死んでいるので、薬の内容も特に変わらない。病院にわざわざ出向くのが面倒だったのと、コロナ禍でもあるため電話診療で済ませていた。主治医にも了解を得ていたのだが、病院の方針でたまには直接診療しろということになったらしい。

『そうか、病院行っとったのか! 体治して稼ぐにはちゃんと医者にかからないとな! お前には少なくとも七代子孫を繋がせるんだからな!』

「あのね、仮に子ども作れたとしても、俺その子供が子供作るかまで責任持てない」

ともあれ、久々に遠出することになった。翌日、病院へいく準備をしていたら怨霊が『ワシもついていく』とゴネだした。

『よく考えたら、お前が治らんの、かかってる医者がヤブ医者だからかも知れん。ワシがこの目で見て医者の腕を確認する』

この怨霊は毛羽立った黒い一反木綿みたいな姿をしているが、割と変幻自在なようだ。この間はヤの付く自由業みたいなおっさんになって他の人の目にも見えていたし。

「別に普通の医者だけど……ついてくるなら、この前みたいな法に触れそうな見た目はやめて。無害そうな見た目になって」

『無害か。じゃあこんなんでどうだ』

黒い一反木綿が煙に包まれ、煙が晴れるとそこには中学生くらいの、フーディーにデニムの少年が立っていた。

『無害そうだろう』

「まあ……無害かな。わりとかわいい姿にもなれるんだな」

目が丸っこく、背は中学生くらいながらまだ声や体格が男らしくなっていなくて、幼さを感じる。

『だいたい何にでもなれるぞ』

「とりあえずその格好でいいよ、じゃあ行こう」

病院まで、距離的には長いが、バス一本で行けるし、部屋からも病院からもバス停は近いのでそこまで歩かない。立ちっぱなしだと俺の体力にはそこそこ辛いが、運良く二人とも座れた。

病院に着き、受付に保険証と診察券を出す。

「すみません、予約の和泉です」

「はい。前回、自立支援医療の更新手続きがそろそろとお伝えしましたが、手続きはお済みですか?」

「済んでます、新しいの持ってきてますが今いりますか?」

「お会計時にお出しください。そちらは付添の方ですか?」

怨霊(中学生のすがた)は胸を張った。

『付き添いだ! こいつの医者の顔を見に来たぞ』

「すみません兄弟なんですが私がかかってる医者と会いたいってうるさくて今回だけよろしくお願いしますすみません」

よく考えたら付き添いに中学生は来ないだろ、と思ったが「こいつは俺を子々孫々祟りに来て、でも俺が子孫を作りそうにないから俺にあれこれやって子孫を作らせようとしてる怨霊です」と言ったら、幻覚か見えだしたか妄想癖が飛び出したかのどっちかにしか受け取られかねない。思わず一息で兄弟だと大嘘をついてしまった。

「あ、いえ、大丈夫ですよ、先生に伝えておきますね」

受付の女性は愛想笑いながら微笑んでくれたので、とりあえず嘘は通ったようだ。

「ありがとうございます、すみません」

俺は怨霊の手を引いて待合室まで連れて行った。

『ワシのこと、お前のきょうだいってことにするのか?』

「とりあえず親族なら、付き添いに来てもおかしくないだろ……」

ていうか、中学生くらいなら受付に敬語使ってほしい。怨霊は納得した顔をした。

『なるほど。さっき言ってた自立支援医療とは何だ?』

「申し込むと医療費と薬代が1/3になる制度」

『そんなのがあるのか!? それも令和とやらになったからあるのか!?』

「いや、これは割と昔からあるっぽいけど」

『よくそんなの知ってたな』

「金ないから、こういう制度探し出して片っ端から申し込まないとやってけないんだよ」

感性が少なくとも昭和、下手するとそれ以下の怨霊にあれこれ教え込んでいたら診療の順番が来た。

「こんにちは、お久しぶりです和泉さん。今日は付き添いの方がいらっしゃるようで」

まだ若い医師が微笑んだ。顔を合わせるのは何ヶ月か振りだ。

「一人で来るのはお辛い感じでしたか?そこまで調子が悪いのは珍しいですね」

「いえ、そういうわけじゃなくて、すみません、一人で来られる体調だったんですが、こいつ私のかかってるお医者さんに会うって言って聞かなくて」

『こいつを早く治してちゃんとした体にしろ! ワシはいい加減困っとるんだ! お前ヤブ医者か?』

「頼むから黙っててくれ」

医師は苦笑いした。

「えーっと……ご兄弟でしたっけ?」

「兄弟です」

『ワシの話を聞かんか!』

「……だいぶ雰囲気違いますね」

「すみませんこいつ方言がきつくて」

「和泉さん生まれも育ちも神奈川じゃありませんでしたっけ?」

「生き別れの兄弟で!」

成り行きで怨霊の属性が盛られてしまう。俺は話題転換の必要を感じた。

「ええと、私の調子としては特に変わらずポンコツです。在宅仕事はしてますけど丸一日稼働できないし、無理するとすぐ寝込むし、無理してなくてもダメな日はダメで寝込みます。寝込むほどじゃなくても、何もできないことも多いです。今日は割と調子いいほうですけど、帰ったら疲れて何もできないと思います」

「横になりがちなのはわかりましたけど、睡眠取れてますか?」

「夜は一応眠ってますが、正直、悪夢ひどくて寝た感じがしないことが多くて……動悸止まらなくなるのもよくありますし」

「夢は、睡眠薬でもどうにもなりませんからね……心臓も異常なかったし。この間出した漢方薬も効いた感じはありませんか?」

「寝付き良くなったかなとは思いますけど、それだけですね」

「下痢がひどいのも変わりませんか?」

「変わりませんね。外に出るときは下痢止め必須です」

「微熱はどうですか? 変わりませんか?」

「相変わらずしょっちゅうです。今日は検温引っかからなかったけど、たぶん引っかかる日のほうが多いです」

「……解熱剤も効きにくいし、生活整えて療養を続けるしかありませんね。食欲はあります? 食生活はどうですか?」

「食欲はなくはないです。食生活は……大体ベーシックパン頼りですけど、材料を安く買い込めるなら割とそこのおん……弟が作ってくれるのでなんとかなってます」

怨霊と言いかけて、あわてて言い直した。そういえば怨霊はおとなしい。おとなしいというか、かなり神妙な顔をしている。

「なあ、食材があれば割と作ってくれるよな」

『お、おう……そうだ』

話を振ったら怨霊は返事をしたが、微妙に心ここにあらずといった面持ちだ。どうした?

「食生活は改善傾向と……。前回と特に変わらずなので、薬も引き続き同じにしましょうか。それとも漢方薬は削りましょうか?」

「一応ください。まったく効果ないわけでもないんで」

「わかりました。では今日はこれで。待合室で会計をお待ち下さい」

「ありがとうございました。ほら、行くぞ」

『おう……』

怨霊を促して診察室を出たが、なんだか怨霊に元気がない。変に思いながら、待合室に腰を落ち着けると、怨霊がつぶやいた。

『お前……相当体悪いんだな。驚いた』

「え?」

『医者に言ってたことがひどかったから』

「そうか? ……いや、まあ、そうか」

もう3年くらいこんな調子だからこれが通常になっていたが、自律神経が死んで体のあちこちがポンコツだ。この調子のまま加齢が来たらどうなるか、あまり考えたくない。

「一応、内蔵なんかに異常はないんだけど、自律神経の調子がおかしくなってからずっとこの調子なんだよ。石の上にも三年とか言ってブラック企業で頑張るもんじゃないな」

『ブラック企業ってなんだ?』

「人を人とも思わず非人道的な仕事量を押し付ける企業のこと」

『そうか……』

怨霊はしょぼくれた顔をしていたが、やがて何かを決めたような顔をして立ち上がった。

『帰りに食料品店に寄るぞ! 精のつくものを作れば体にいいだろう。消化にいいもののほうがいいか?』

「1食390円以下に抑えてくれるならなんでもいい」

『食費の基準をベーシックパンの値段にするな! 安売りを選べばできるがお前は精をつけないといかん!』

「無い袖は振れないんだよ……あと遠出すると疲れるからまっすぐ帰りたい」

『財布をよこすなら一人で買う』

「……五千円渡すから、それでなんとかして」

『わかった』

家の最寄りのバス停で別れて一足先に部屋に帰って、一時間くらいしたら怨霊が中学生の姿のままはしゃいで帰ってきた。

『山芋が安かったぞ! これでお前も治るな!』

「いや、そんな神速では治らないけど」

『おろして飯にかけて食べるか? 切ってタレとかかけて食べるか?』

「作るの楽な方でいいよ」

『じゃあ切るぞ! 女の体だと料理のやる気が出るな!』

今、聞き捨てならないことを聞いた気がする。

「ちょ、ちょっと待って……今の姿女の子!?」

『そうだ! 男より女のほうが無害だし、きらびやかな女より地味な女の方が無害に見えるからな!』

怨霊は胸を張った。言われてみれば、だぼついたフーディでわかりにくいながら、ささやかに胸のあたりが持ち上がっている気がしないでもない。

『それにお前は女にモテないみたいだから、機会を見て子作りの練習をさせようと思っていたんだ! 女の姿にしておけばそれもできるしな』

「その年の子にそんなことできるわけ無いだろ!」

『何を言ってる、十五歳くらいで作ったぞ!ほらちゃんと女の体になってる!』

「胸を見せるな! 隠せ!」

『ほら、十分練習できる体だ、結婚だってできる年だしな』

「いつの時代の話だ!! 今は女も十八歳にならないと結婚できないし性的なことするのは犯罪! 今は令和なんだよ!!」

怨霊は口をとがらせた。

『時代の変化についていけん……』

「女の子となると、いろいろ事情が変わる……ダメだ、俺みたいな無職一歩手前が平日昼間に未成年女子とうろついてたら、下手すると通報されるし、付き添いしたいならその姿はダメだ。年そのままならせめて男になって。女のままならもうちょっと大人になって」

『面倒くさいな、そんなにすぐ別の姿は思いつかんから、今日はこのままだ』

「部屋の中だけならいいけど……」

ヤーさんの姿の方が気苦労がないなんて思わなかった。山芋を拍子木切りにして梅肉醤油をかけたのはおいしかった。

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