安くておいしく食べさせたい
『なあ、インターネットというのはいろいろ調べられるのか』
怨霊(中学生男子のすがた)の唐突な質問に俺は戦慄した。感覚が昭和で止まっており、インターネットをまったく知らない存在をネット空間に放り込むのはあまりにも危険すぎる。中途半端に知識があるかもしれないが、それはそれで危険が伴う。
「……最近のネットは、調べ方を知らないと適切な情報にたどり着けないから素人にはおすすめしない……何調べるの?」
なんとか無難な返事をひねり出した。調べたいものが何かによってはまた別の危険がある。俺に子孫を残させるためとか言って俺の名前で出会い系なんて調べ始めたらえらいことだ。
怨霊はこともなげに答えた。
『近所のスーパーの安売りとか値引き品での献立がそろそろ思いつかないから、新しい献立を調べたい』
怨霊がやる調べ物ではない。いやバリエーション豊かな食事を楽しめるのは本当にありがたいが。まあ、調べるものがそれだけ明確であれば、こちらも対応のしようがある。
「じゃあ、いい感じのレシピサイトいくつか教えるから、調べるのはそのサイトからのみにしてくれる?」
『お前が食いたい料理が載ってるのか?』
「うーん、必ずしもそうじゃないけど、ものすごくいろんなレシピが載ってるし、載ってるレシピの質が確かなところ」
『ふーん』
昔、懸賞で当てたが在宅仕事なのであまり使わずしまい込んでいた小さいタブレットを活用することにした。ブラウザを立ち上げて、レシピサイトを次々に開いてお気に入り登録していく。クックパッドは最大手だが、意外と上級者向けなので、説明に下ごしらえを飛ばして書いていることがままあるのであえてやめておく。レシピに外れがないのはE・レシピ、Nadia、白ごはん.com、きょうの料理あたり、動画が見られてわかりやすいのはクラシルやDELISH KITCHENあたりか。クラシルや楽天レシピも入れておこう。
自律神経がイカれてから大して料理もしないのに、俺が妙に詳しいのはその辺のサイトを比較する記事を書いたことがあるからだ。
タブレットの使い方やお気に入りからのサイトの飛び方を怨霊に教えがてら、大体のサイトを見せたら、怨霊は動画が見られるサイトが気に入ったようだ。
『料理してるところが見られるのはいいな!』
「わかりやすいよな、記事まとめるとき参考にいろいろ見た」
『ふーん……』
怨霊はなにか考え込むような顔になった。
『お前、こういう料理ができるところ見てて、うまそうだと思わないのか? 見てる時腹減らなかったのか? 』
「そういう時はベーシックパンかじってた」
『…………』
怨霊は、かわいそうなものを見る目で俺を見た。
『お前、飯は作ってやるから、もうあのパン食べるなよ』
「え、賞味期限が迫ってるから残り消費したいんだけど」
『まともな飯を食え!』
「栄養的には非常に行き届いてるんだよ!」
『味は?』
「まずくはない」
『ワシの飯の味は?』
「……おいしい」
『決まりだな』
怨霊は得意げに胸を張った。怨霊の作る食事と言うと呪われそうだが、ごく普通の家庭料理(和食が多い)で、ごく普通においしい。
おしかけ同居されている時点で呪われているという見方もあるが。いや、祟られているのか。
怨霊は楽しげにタブレットをいじっていたが、見るべきものは見たらしくて顔をあげた。
『じゃあスーパー行ってくるぞ。そろそろ値引きのシールが貼られる頃だ』
「いってらっしゃい、よろしく」
『精のつくものを作るぞ! 今のうちから子種を育てておいて損はないからな!』
「そういう気はまわさなくていい」
夜は、納豆と山芋とオクラのネバネバ丼と、ニラ入り卵焼きと、にんにくのホイル焼きが出た。意図が見え見えで腹が立ったが、ごく普通においしかった。
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