第4話

叶にメールで連絡して、返信を待った。しばらくすると返信がきた。

 私は俊哉の泊まっているビジネスホテル近くの駐車場で待機して、友人の到着を待った。

 外を見ると、こんな夜中でも猿のように騒ぐ酔っ払いが居て何故か安心した。

 眠くなったのでシートを倒して目を瞑ったとき、柴犬の鳴き声が聞こえた。意外と早く来た。翔太に騙されていた、売春斡旋の被害者だ。

 シートを起こして軽く伸びをしてから助手席のドアを開けた。

「待っていたわ。久しぶりね、叶」

 彼女は頷くと柴犬を後部座席に乗せてから、助手席に座った。

「ええ、大分久しぶりね。まさか貴女から仕事の依頼が来るとは思わなかったわ」

 灰色のジャケットと、ジーパンという格好だが洒脱していて格好良かった。栗色の髪を肩まで伸ばした彼女は昔の面影を感じさせない。昔はあんなにみすぼらしい格好をして、狂犬のような目をしていたのに。まあそれはどうでも良い、問題は依頼を完遂してくれるかということだ。

「身の上話もしたいところだけど、そうも言ってられない状況なの」

「分かった、最終確認ね。その前に前金20万と成功報酬30万合わせて50万になるけど大丈夫?」

「ええ、大丈夫」

 彼女に20万渡して契約は成立した。お互いに覚悟は決まった。

 ステンレスの水筒と、あの猛毒を渡してから計画を脳内で再生した。

 すると、後部座席にいる柴犬が歯を剥き出しにして呼吸を荒げた。激情を感じさせる鋭い目で窓を睨んでいる。誰か通ったのだろうか。思考に靄が掛かる感覚が一瞬あったが気にしないことにした。

 作戦の実行は恐らく明日以降になる。あいつがホテルから出てくるか交代制で見張ることにして私が先に仮眠を取ることにした。

 3時間ほど寝ただろうか、腕時計のバイブで目が覚めた。叶が誰かと電話している。『ーー分かってるから。じゃあね』

 彼女は電話を切った。私は瞼を擦りながら訊ねた。

「彼氏さん?」

 叶はびっくりした様子で私を見た。

「ええ、そうなの。帰りが遅いから心配してるみたい。友人の家に泊まるって言ってるんだけど信用してくれなくて」

「へー良い彼氏さんじゃないの。大切にしなよ」

「ええ。じゃあ、私も仮眠するね」

 彼女はすぐに寝息を立てて眠りについた。








 ホテル近くの居酒屋で中間報告を聞いた。ノンアルコールビールを飲みながら、昌子さんの作戦を頭の中で構築する。

『ああ、昌子さんの作戦は概ね理解した。確認だが、Sホテルの駐車場に停まってる白のインプレッサだな。ああ、オーケーさっき通ったから分かった。最後になるかもしれないが、君の動きに懸かってるからな。なんとか頼むぞ。犯罪者になるのは私だけで十分だ』

 言い終えると数秒、間があった。

『ええ、分かってるから。じゃあね』

 叶さんの方から通話が切られた。柴犬を連れてきた理由が知りたかったのに、聞きそびれた。

 まあ良い。何にせよあいつを処分するのは私だ。他人が手を汚すことではない。

 自らの弟を殺したあの男は、もはや息子ではない。恭子もそう思っているはずだ。恭子は俊哉の言いなりだったから、騒がないように努めているがバレバレだ。

 宏樹が浮気相手との子供ということは分かっていた。恭子は隠しているつもりなのたろうか。無論、カモフラージュのせいで暫くは分からなかったのだが。

 たまに俺から逃げるように自室に籠ったり、同級生と食事に行くからといって気合いをいれていつもより長時間かけて化粧をしたり、妙にソワソワしながらスマホを操作したり。宏樹が生まれてからは浮気の気配がなくなったので、確信した。浮気相手の方から切られたのだ。もうちょっとで証拠を押さえて離婚手続きを踏めて、何なら金を取ることができたのに勿体無かった。金に対する嗅覚は息子の方が上と認めざるを得ない。恭子を揺するには浮気の証拠が必要なのだ。あいつはそれを握っているから恭子を脅すことに成功したのだろう。

 俺の血が入っていようがなかろうが、息子ということに変わりはない。思い込むことにした、そうでもしなければ自分を抑えられなかった。

 俊哉は大人しい子だった。宏樹と仲が悪かったのは、宏樹が俊哉を敵対視していたからだ。俊哉は無理に人と仲良くなろうとはしない。宏樹とは最低限の会話しかしないが、たまにからかうように話し掛けていた。自分へのヘイトを溜めるのが狙いだったのか。分からない。あいつと宏樹のみ知っているだろう。

 宏樹とは20年以上家で過ごした。赤子の頃から成長を見守ってきて、ようやく男として独り立ちできるくらいには育ててきたつもりなのに、毒殺された。

 血が繋がっていなくても、息子として育ててきた。愛着もあった。可愛らしい奴だった。

 遺体を見て、誰よりも泣いただろう。葬儀のとき、棺の中にいる宏樹は生き返るのではないか。これは夢なのではないかドッキリではないか期待したが駄目だった。最後は骨になって骨壺に入った。

 ああ、俊哉よ。お前は狡猾で、平気で人を脅せるような奴だったか。どうしてそんなに利己的になれる。宏樹を殺すことはなかっただろう。

 勿論、仲が悪いのを知っていて放置していた俺にも責任はある。それでも、酷すぎる。

 最後にチャンスを与える。そこで間違えたら、お前は死ぬだろう。頼むから間違えないでくれ。これは父親としての願いだ。

 先ほどの通話を終えて2時間ほど経過して、メールがきた。

(今、俊哉がホテルを出た。私のスマホのGPS信号から追跡を頼むわ)

 あと、叶さんの仕事は昌子さんを良いタイミングで眠らせるだけだ。彼女からしたら造作も無いことだろう。

 さて、俊哉よ。これが最後かもしれないが、親子水入らずで話そうではないか。

 居酒屋を出て、代車の軽自動車に乗りこんだ。

 歯を食い縛ってハンドルを握ると少しだけ涙が出た。

 大きく深呼吸して、腹を括った。

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追放 ケストドン @WANCHEN

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