第3話

 例の一件から1週間ほど経過しただろうか。

 県外のビジネスホテルに移動した。警察は追ってこないが、あの書き手は俺が犯人だと気付いているはずだ。ライトノベルの挿絵を描きながら今後のことを考えた。

 ふと、窓の外を見た。晴天ということもあり、9階からの展望は見事だったので、スマホをポケットから取り出して1枚写真を撮ってTwitterに投稿した。

 裏のアカウントなので、大丈夫だろう。弟に対する愚痴や、デッサンの失敗作を載せている。誰も俺だと気付かないはずだ。

 挿絵の続きを描き始めたとき、Twitterの通知音が鳴った。確認すると、フォロワーが1人増えたという通知だった。フォロワーのアカウント名は「a&h」。何か違和感があったが、気にせず挿絵の作成に戻った。

 仕事が一段落ついて、時計を見ると16時になっていたので日課のランニングに出掛けた。近くには公園があり、車の通りも夕方は少ない方なのでランニングには適している場所だった。

 靴ヒモをきつめに結び直して、ホテルのロビーに部屋鍵を渡して外へ出た。

 最初はジョギング程度に走って、慣れてきたらペースを上げる。走っているときは頭が空っぽになるのが良い。気付いたら日課になっていた。

 ランニングを終えて、ホテルのエレベーター内に居るとき、何かがカチリとはまる感じがした。

 あのアカウント名のhを宏樹の頭文字と置いたとき、aはあいつで成立するのだ。売春斡旋に引っ掛かっていたあいつ。たしか名前は昌子だったか。

 そんなはずはないと切り捨てられればどれ程楽だろうか。

 念のため明日にはチェックアウトして、Twitterのアカウントも作り直さなければ。

 部屋に戻って缶ビールを空けて半分ほど一気に飲んだ。胃の辺りが熱くなった余韻に浸りながら暗示する「大丈夫だ。逃げきれる」。

 もう半分も飲み干してシャワーを浴びた後、寝間着に着替えてベッドに飛び込んで寝ようとしたが、寝られない。もう少し飲もうと思いワンドアの小型冷蔵庫を空けたが酒は無かった。

 ロビーに置いてある自販機で何か買おうと思いエレベーターに乗って1階へ移動を始めた。すると、4階でエレベーターが止まり、高校生か大学生くらいの女が乗ってきた。その女は僕の顔を一瞬見たような気がした。

 1階で降りると、女は受付に鍵を渡してそのまま外に行った。何やら急いでいるように見えたが、気にせずに缶酎ハイを買って、エレベーター乗って自室に戻った。

 缶酎ハイを飲み干し、ようやく眠気が来た。明日は早起きしてチェックアウトして、更に隣の県に移動する。蕎麦が有名だったか、日本酒も良さそうだと考えながら眠りについた。




 昌子の言うとおり、9階から降りてきたあの男は間違いなく写真の人物だった。これを報告して私の任務は終わる。あとは知らない。彼がどうなろうと私には関係ない。

 待ち合わせ場所で、報告を終えてバイト代2万円を貰った。

 このバイト代で明日は何を打とうか、それしか考えていない。北斗無双か慶次にするつもりだが、新台も気になる。明日のパチンコで大勝ちして未来を変えるのだ。




 あのパチンカーからの報告で私は腹をくくった。間違いない、あの男だ。私の彼氏を殺した、あの畜生。私の人生はただでさえ滅茶苦茶なのに、更に地獄へ落とすようなことをしたあの男。

 過去やっていた売春は、母と弟のためだった。

 少ない給料を競馬でほとんど溶かし、余った金で酒とタバコを買う父親。母はノイローゼで働けなくなって、自室に引きこもっていた。小学生の弟、拓未は給食費を遅れて出すことでクラスメイトからよくからかわれていると聞いて、辛くなった。

 両親と親戚に期待はできない。私が何とかするしかない。当時中学生の私は同級生の宏樹を家に招いて相談した。宏樹は人当たりが良く、理知的で聞き上手なので相談相手に適していた。

 話し終えると、宏樹は暫く目を瞑って膝を叩くとこう言った。

「僕の家に来て先ほどと同じ話をしてくれ。なるべく感情的に頼む。そうすると、あいつは金の匂いに気付いて、君を利用したいと考えるはず。君と接触して、売春斡旋の現場を押さえようと動く。そこからは悔しいが3ヶ月はあいつの言うとおりに従ってくれ。そうすれば、君にまとまった金を渡せる」

 もしかしたら、彼はとんでもないことをしようとしているのではないかと考えた。

「兄貴から、金を奪うってこと?できるのそんなこと」

「勘が良いね。そう、あいつは銀行口座を作れないから、金を隠すはずだ。数十から数百万の金が口座に振り込まれたら税務署の人に怪しまれるからね。それを利用する。あいつの一人勝ちは嫌だろう?君も売春というリスクを負っているのに。大丈夫、あいつが金を隠す場所なんて限られてるから」

 そういって軽く笑う彼は格好良かった。それから綿密に計画を建てて計画は実行されて、50万円ほど渡してくれた。

 そこからは4ヶ月毎に50万円くれて、母と弟と私は表面上、なんとか普通の生活ができるようになった。母親が復職したのは奇跡的だったが、父は相変わらずだった。その上なにも気付いていなかった。本物の馬鹿なのだろう。

 高校も彼と同じところへ行けるよう必死で勉強した。そして大学も同じになった。私たちは気付いたら付き合っていた。いつからかは覚えていない。

 お互い、結婚について考えだした大学3年の頃、彼は本当の父親に気付いてしまった。

 父親を揺する行為を兄貴にやらせるよう誘導して、その父親は売春斡旋で稼いでいて、でも、売春斡旋をしていなければ彼女を救えなかった。苦しい自問自答を繰り返したのだろう。最後は兄貴に殺されることを選んだ。

 私は彼の選択を否定できない。だが、許せない。お前も、翔太も。

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