第2話

〈翔太の手紙〉


 何故、バレてしまったのだろう。

 あれは、10月の中旬だったか。仕事を終えてアパートに帰ったときだ。18時頃、彼は僕の部屋の扉の前でぼんやりと夕焼けを眺めていた。釣られるように夕焼けを数秒見てから「何か用ですか?」と話しかけた。

 彼は部屋の前で待機していたことを詫びてから、こう言った。

「宏樹のお父さんですよね?」

 心臓が止まるかと思った。恭子とは連絡を断っていたし、電話番号も変えてアパートも変えた。それなのに何故か彼女の息子が来ている。現実に戸惑って10秒ほど固まった。逃げられない状況なのは確かだと理解した。

 立ち話もあれだと言って部屋に通した。廊下を歩いているとき、首にナイフの切っ先が触れているような感覚で喉が渇いた。

 コップを2つ用意して、多めに水を注いでテーブルの上に置いて、対面するように椅子を設置して座った。彼は礼儀が良く、僕が促すまで椅子に座らなかった。今思えば、観察されていたのかもしれない。

 彼は、水を一口飲んでから、通学カバンに手を突っ込んだ。そして、クリアファイルを取り出して写真を3枚取り出した。

「確認していただけますか」

 高校1年生とは思えなかった。有無を言わさない、強制力のある声だった。覚悟を決めて、確認した。

 1枚目は恭子と自分とのメールのやり取り。

 2枚目は彼女とのツーショットの写真。恋人繋ぎをしている。当時人気だった有名ホテルでの写真だ。

 3枚目は自分の右腕の黒子が写っている、彼女との情事の最中に撮ったものだった。

 全て確認して、机に思い切り両手を叩きつけた。

 彼はまったく動揺しなかった。とても、悔しく惨めな気持ちになったのを覚えている。

 僕は下を向いて震えながら、質問した。

「要求は」

 彼は笑顔で答えた。

「取り敢えず30万下さい」

 貯金はたんまりあったので、全く問題なかった。副業が順調だったのだ。

 茶封筒に30万円突っ込んで渡した。

 彼は、30万入っているか1枚ずつ万札をめくって確認していた。

「これで、終いだよな」

 一縷の希望に期待していた。すると、先ほどの笑顔は嘘のように消えていた。

「いいえ。また来ます。住所を変えようが、名前を変えようが無駄ということを覚えておいて下さい」

 渋々頷いてため息をついてから、彼を帰そうとした。すると、急に廊下で立ち止まってもう1枚写真を見せてきた。

 副業の売春斡旋の現場だ。間違いなく自分が写っていた。

 目が点になっていたと思う。更にスマホをポケットから取り出すと、証拠の動画まで見せられた。これもまた、僕の姿がしっかり写っている。

 小娘Aが困惑気味に「はい、はい。今月3回、、、」と言っている。

 彼は爽やかな笑顔を見せた。

「被害者の1人と仲良くてですね、右腕に黒子があるか、写真の人物か間違いないか、他言無用と約束して聞き出せたんですよ」

 10月の夕方、涼しい時間のはずなのに額に冷たい汗が流れた。首以外にもナイフが迫っているのを実感した。唖然として動くこともできない。

 彼は玄関に移動して靴を履いた。

「では、失礼します。今後ともよろしくお願いしますね」

 ドアが閉まってオートロックで鍵が掛かる音が響いた。



 これが、彼との出会いだった。彼を殺すか、僕がしゃぶり尽くされるかどちらが早いだろうと考えていたが、彼は全て周到だった。

 今回の件以降、彼は僕と直接会わずに金銭の要求をしてきた。手下を用意していたのだ。

 (もし、手下が帰ってこないこと、居留守を使うことがあったら、全て終わる)

 手下の青年が持ってきた手紙に記されていた。

 2回目の支払いを終えたあと、思い切り歯軋りして、空き缶を壁に投げつけてストロング系の酎ハイを一気に飲んで髪を掻きむしった。

 恭子のスマホに写真が残っていたからか?僕の副業に釣られた小娘Aは釣られたふりをしたのか?いや、小娘Aはもしかして、、、。まさか、鳥肌が立った。

 僕の想像が間違いなければ、最後にくたばるのは、俊哉だ。

 だが、この想像はあまりにも現実味がない。自分の一番大切なものを失う覚悟がないとできない。それをあんなガキが?

 ふらふらと立ち上がり、窓から外を眺めた。強い風が吹いている。雨雲がゆっくりと動き出した。

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