第10話 浮遊機械都市キュービック ⑦
物体Xの悲しい事件は置いておいて、最上位権限を得るため正気を取り戻したリオは颯爽とガリヴァー艦内へ駆け込む。
その瞬間、派手な効果音と共に「最上位権限を与えられました」というアナウンスが……流れることはなく、何も起こらなかった。
「あれ? 本当に最上位権限を得られたのか?」
待ってもそういう演出は無い。こういう時は彼を呼ぼう。
「ヘイ副長」
「ハイ艦長」
いつものようにどこからともなく副長が現れた。最早慣れたもので驚く事はない。
「最上位権限てもうついてるのか?」
「ハイ艦長、このガリヴァーへ入った瞬間にあなたへ最上位権限が付与されました」
実感はないが、副長が言うからにはその通りなのだろう。
「じゃあ早速、ヒミツとやらを教えてもらおうかな。それともまだ条件がいるかい?」
「いいえ、付いてきてください。移動しながら説明します」
「ドクターとヒデさんも呼んでいいよな?」
「艦長命令でしたら」
「じゃあ艦長命令で」
リオの食べた物体Xが安心と分かったのか、ヒデとドクターは物体Xをモキュモキュと食べていた。
でもそれイチゴジャムの味だからパンが欲しくなるよなあと考えながら二人を呼び寄せて艦内を歩く。あろう事か物体Xを食べながら歩いている。
「気に入ったのそれ?」
「頭を使う機関部員には貴重な糖分だからな……モキュッ、モキュッ」
「これ糖分入ってませんけどね、モキュッモキュッ」
じゃあ何が甘さを感じさせてるんだろう。
という疑問はさておき、副長に続いて薄暗い廊下を進んで下部デッキに辿り着く。下部デッキの事はローワーデッキというらしい。
「目的の場所はローワーデッキにある特殊保管庫になります」
「特殊?」
「文字通りの意味です、通常の保管方法では危険な代物をそこで保管しています」
ローワーデッキからリフトを使って更に奥へ向かう。
「まず我々の背景からお教えします。ここから遙か二〇〇〇光年の所にエンシワという惑星があります、そしてそのエンシワを中心にして様々な惑星国家が寄り集まった組織がエンシワ連盟です」
「エンシュアリキッドみたいな名前ですね!」
「それは今どうでもいい!」
リフトを降りてローワーデッキの最下層をすすむ、ここまでくるとどこか肌寒く不気味な印象が強くなってくる。
お化け屋敷のような不穏さを感じながら暗い通路をすすむ、その間も副長の話は続く。
「エンシワ連盟は四半世紀に渡りベクターと戦い続けてきました。最初のうちは優位を保てていたのですが、ベクターの数は膨大でしだいに物量で押され始め、連盟の領界を縮め始めました」
「助けて貰った時はベクター共を秒殺したように見えたんだが、ワシからしたらそこまで苦戦してるようには見えんなあ」
「小型ベクターでしたら問題ありません。ですが大型ともなるとフレアブラスターでようやく一体屠れるレベルのベクターが多くなります」
「それは厳しいな」
「はい、そのため連盟とベクターとの戦いはやや不利な情勢を迎えています」
「じゃあ俺達が救援を求めても援軍が来ないんじゃないか?」
「今のままですとそうなる可能性が高いです」
「それじゃ俺達の旅が意味の無いものになるじゃん!」
今からアルファースへ向けて進路を向けてしまおうかと衝動的に考えてしまったが、一度深く息を吐いて落ち着くと、少し冷静に物を考えられるようになってきた。
「結論から聞くけど、そのヒミツを持ち帰れば連盟は勝てるのか?」
「絶対とは言えません、ですが光明は見いだせます」
勝てるとは言いきらない、至って正直な答えだ。しかしかえってこの方が安心感があるというもの、使い方次第で勝てるかもしれないのであればまだ考える余地がある。
また連盟の現状を簡単に知った今なら、ベクターのヒミツを持ち帰るために前クルーが命を掛けた理由もよくわかった。
そしてついに副長は銀行の大型金庫室のような分厚いドアロックの前で立ち止まった。どうやらここが特殊保管庫のようだ。
「つきました、このドアロックは最上位権限を持つ者か、最上位権限を持つ者が予め許可した者しか入れません」
つまりリオしか入れないと。
どうやって入るのかわからないが、とりあえずドアロックの前に立ってみる。
「最上位権限を確認しました」
というアナウンスが目の前のドアロックから聞こえると、ゴゴゴと重苦しい音をたてながらドアロックが横へスライドして中へ入れるようになる。
「えぇと、ドクターとヒデさんも通したいんだけど」
「その旨を伝えるだけで大丈夫です」
「なるほど、じゃあドクターとヒデと副長を中へ入れてくれ」
「最上位権限の命令を確認しました」
多分これで入れるだろう、おっかなびっくりしながら特殊保管庫へ歩を進める四人。奥の円形の広間は保管庫というより実験室のような雰囲気だった。
何に使うのか分からない機材がほとんどだが、地球で使ってるビーカーやフラスコのようなものが立ち並び、薬品らしきものがはいったビンが真空ボトルに詰め込まれて並べられていた。
そしてその部屋の中心にベッドのようなものがあり、その上に三メートルもありそうな箱がベルトで固定されて置かれていた。
「これは?」
「これがヒミツです。開けると悲惨な事になるので触らないようお願いします」
「お、おう……で、これ何?」
「う〜ん、箱の大きさ的にミイラですかね?」
「何か特殊な隕石とかか?」
各々が適当に思いついた事を述べる。ミイラは無いと思う。
「ここに入っているのは超大型ベクターの心臓の破片です」
「「「!?」」」
咄嗟に三人が一斉に箱から距離を取る。ベクターの大きさは小型のものでも五十メートルはある。それが超大型となれば一体どれ程のサイズになるのか、想像すらできない。
そんな恐ろしい者の、それも心臓の破片とはあまりにも恐れ多い。
「これがガリヴァーのヒミツ、前クルーが命を捨ててまで手に入れたかったものなのか」
「はい、この心臓の破片を解析すれば超大型ベクターを殺す事のできる毒が作れるかもしれないのです、そしてこの心臓の破片を一度エーテルに晒せば、途端に活性化してベクターを呼び寄せてしまいます」
前者よりも後者の方が恩恵が強そうに見える。だから特殊保管庫に封じ込める事で活性化を阻止してベクターを遠ざけているのだろう。
「前クルーは超大型ベクターと戦い、この心臓の破片を入手して撤退しました。八割のクルーを犠牲にしながら心臓を抉ったにも関わらず、生憎超大型ベクターは倒せませんでした。
またこの心臓の破片をエーテルに晒すと活性化し、ベクターを呼び寄せる特性がある事に気付く頃には既に艦内へ超小型ベクターが侵入しており、クルーを殺害していました」
ここへ初めて来た時に見たクルーの惨殺死体はそういう事だったのか。
「心臓の破片を凍結させ封印し、侵入した超小型ベクターを排除した頃には最早前艦長しか残っておらず、また彼自身も致命傷を負っていました……あとは皆さんのご存知の通りです」
唖然とした。ドクターもヒデも予想外に血なまぐさい出来事を知って空いた口が塞がらないでいた。
この話が本当なら、今自分達は一歩間違えたらベクターを呼び寄せる爆弾を抱えている事になるのだ。そしてこの爆弾を無事に届けなければ故郷も無事で済まない。
この旅は思っていたよりも過酷な物になってしまった。
「超大型ベクターか、一体どんだけデカイんだ?」
「最後に計測した時は一五二一八メートルでした」
「約十五キロメートルかよ」
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