第9話 浮遊機械都市キュービック ⑥

 キュービックへと戻ってきたリオ達を待っていたのは膨大な追加物資の数々であった。食料だけでガリヴァーの格納庫が半分くらい埋まりそうだし、修理に必要な機材や素材はそれの倍ある。マスターの話によればこれらは前クルー達が用意したものらしいが、やりすぎではないだろうか。

 

「ドクターに聞きたいんだけど、収納魔法てある?」

「ありません」

「副長に聞きたいんだけど、収納魔砲てある?」

「ございません」

 

 手詰まりである。つまり仕分け作業をしなければならないのである。

 

「せっかく用意してもらったんだから可能な限り詰め込んでいこう」

「そうですね」

「というわけで俺はマスターに話があるからあとは三人に任せた!」

「「えっ!?」」

「はい艦長。あとの作業は我々で担当します」

「じゃーよろしくー」

 

 ピューという効果音が付きそうな勢いでリオはドックから走り去ってしまった。それを唖然とした表情で見送ったドクターとヒデはしばらくしてから怒りと呆れでワナワナと震えだして。

 

「あいつ逃げやがったぁ!!」

「絶ッッッッッッ対許しませんから!!」

 

 二人の叫びはドック中に響き渡ったが、それをリオが聞いていたかどうかは不明である。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 マスタールームに着いたリオは、前回と同じく椅子に座ってモニターを眺めた。相も変わらずキュービックの様々な場所を映したこのマスタールームは、さながら監視部屋のようだった。

 それはキュービックを監視しているという意味でもあるが、この部屋にいる者を監視しているように感じられるという意味も含めているし、実際監視しているのだろう。

 監視されている、そう思うと少し不快感が押し寄せてくるが、グッとこらえて語りかける。

 

「やあマスター、昨日ぶり。依頼はこなしてきたよ」


 旧来の友達に会うかのような気さくさで話しかけるリオ、そこには初対面の時にみせた礼儀などは感じられなかった。

 

「お疲れ様ですリオ艦長、約束通り追加物資と最上位権限をお渡しします」

 

 前回と同じくスピーカーから声だけ聞こえてくる。

 

「追加物資は既に積み込みが始まっております、最上位権限の方は今から三分後にガリヴァーへ戻します。ガリヴァーに入ると自動的に貴方へ権限が付与されます」

「ふーん、そういう感じ」

 

 今すぐ確認したいところだが、あの二人がキレてそうなのでもう少しここで時間を潰しておきたい。せっかくなのでマスターに色々聞いて見ることにしてみた。

 

「マスターから与えられた依頼をこなせて良かったよ」

「はい、依頼を達成していただきありがとうございます」

「お礼を言われる程のことじゃないって、だってこの依頼……初めから達成できるように調整していたんだろ?」

「……」

 

 マスターからは沈黙しか帰ってこなかった、機械都市を運営するハイスペックAIでも人間特有のカマかけには対応しきれないのかもしれない。

  

「その沈黙、正解と受け取って良さそうだね。言わばこの依頼はチュートリアルなんだ、新しいガリヴァーのクルーが正しい操作方法と戦い方を学ぶためのね。そうじゃなきゃ最上位権限なんて大事なものを、こんな簡単な依頼で渡すのはおかしいだろ?」

「……」

「正解だな? 違うならNOて言わないと駄目だぞ。それともマスターには嘘をつく機能はないのか?」

「いいえ、嘘をつく事は可能です。ただ……嘘をついていいのは敵性と判断した者のみです」

「敵性を判断する基準は気になるけど、その言い方だと俺は敵じゃないと思われてるみたいだな」

「肯定します」

「そして俺が今言った事も全部本当なんだな」

「肯定です。答えられなかったのは前艦長から黙っておくようにと言われたからです」

「それ言っていいのか?」

「肯定です。柔軟な対応が必要だとたった今学習しましたので」

 

 なんて高性能なAIだろうか。

 

「ちなみにだけど、俺達が失敗したらどうしてたんだ?」

「その場合は我々がガリヴァーを代わりに運びます」

「ガリヴァーに一体何があるんだよ」

「それを知りたいのでしたら」

「はいはい、最上位権限をとれってんだろ? わかってるよ、じゃあなマスター、縁があったらまた会おう」

「肯定しますリオ艦長、あなた達の旅が良いものである事を願います」

「随分手厚い送り言葉だな」

「前艦長からのメッセージです」

「なるほど」

 

 そしてマスタールームを出た。おそらく再びこの部屋に来るのは全てが終わってからになるだろう、そう思うと一抹の寂しさをおぼえるが、旅とはそういうものだ。

 別れる為に出会いを繰り返すのだから。

 

「さてと、戻るか、あいつら怒ってないといいなあ」

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 ガリヴァーに戻ってきたリオを待っていたのは、指をコキコキ鳴らすヒデと、謎の物体Xの入ったビンを手に持つドクターだった。

 

「やあただいまー、怒らないで」

「おう艦長、やっとお戻りになられましたか、あぁん?」

「ボク達ずっとリオさんの帰りを心待ちにしてたんですよ」

 

 めちゃくちゃ怒ってる。

 

「そうだ、俺ちょっと至急確認したいことあるから」

 

 別にこれは嘘ではない。なので早歩きで艦内に戻ろうとするリオなのだが、その襟首をガシッとヒデが掴んで離さない。

 更に目の前にドクターが立ち塞がって、その可愛いらしい顔に怒りマークをつけながら笑みを浮かべている。

 

「まあ待てってリオ、ちょっとこいつを試食していけよ。さっき届いた食糧物資なんだがな」

「えっ、こいつってこの物体Xを!?」

 

 さっきから黒くてウニョウニョ蠢いて表面がテカテカ光っていて時々目玉みたいなのが見える謎の物体X、大きさは大体頭一つぐらいだ。さっきから気にはなっていたが嫌な予感がして見ないふりをしていた。

 その物体Xを、食えという。

 

「いやいや待てって、そもそも食えるのかよ!」

「大丈夫です! ちゃんと三回検査して問題無しと判断しましたので!」

「仕事早いなドクター!?」

「ほら食えって艦長、副長から聞いた話じゃ踊り食いが良いらしいぞ」

「え、ま、ちょっと待って昆虫食すらダメな俺にそれは無理無理無理無理無理」

 

 必死に抵抗しているのになんという事でしょう、目の前でドクターがビンを開け、そこに長い串をぶっ込んで物体Xを刺して引っ張りだしたのだ。それからヒデがドワーフさながらの力強さでリオの口を無理矢理こじ開け、ドクターがとっても可愛い笑顔で物体Xをリオの口に突っ込んだのだ。

 

「っ! ぶぇぇぇぇむぅぅぅ!!!」

 

 口に出すことのできない断末魔と共に物体Xがリオの体内へと収まっていく。

 噛みたくはない、しかしヒデの握力がそれを許さず無理矢理咀嚼させる。グチュッ……グニュッと嫌な食感と共に流れる物体Xの体液、そして喉越し。

 嫌悪感に耐えながらなんとか飲み下した。

 

「……イチゴジャムの味がするぅ」

 

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