第3話 故郷への長い旅 ③
全く知らない世界の、未知の技術で作られた戦艦の艦長に選ばれてしまったリオ。いきなりの事でどうすればいいのかわからずパニックに陥りそうだが、深く深く息を吐いて何とか落ち着きを取り戻した。
「まず、何をすればいいんだろう」
「あぁ〜ワシもあんまり詳しくないんだが、艦の操縦とかじゃないか?」
「医者としての意見ですが、ボクは生存者を探した方が良いんじゃないかと」
「う〜ん、最初は操縦を覚えよう。まだあの虫みたいなのが襲ってくるかもしれないし、それに生存者は」
おそらくいないだろう。もしいれば見ず知らずの人間を艦長にするなんて選択はしない筈だから。
「ヒデさん、操縦はわかるか?」
「わかるわけねえだろ。全く知らない文明の道具だぞ」
「ヒデさんがわからなかったら、誰にもわからないよ……はあ、誰か教えてくれ」
「良ければ私がお教えしましょうか?」
「あぁお願いす……えっ?」
いつの間に現れたのか、全く気付かないうちに謎の男性がリオの後ろに立っていたのだ。見てくれは五十を過ぎたぐらいの人間の男性そのもの、着ている服も一般的なビジネススーツそのものだった。
どこからどう見ても地球人の男性なのだ。
「何処から現れたんだ……いやそもそもあんたは地球人……なのか?」
「いいえ、ワタクシはこの艦のコンシェルジュです。システムの一部でしかありません。この姿はあなた達が乗ってきた小型船のデータバンクから抜き取ったものです」
「なるほど言葉が通じているのもつまり、俺達に合わせてくれたわけだ。コンシェルジュのあんたが操縦方法を教えてくれるのか?」
「勿論お望みでしたら。ですが今はワタクシが操縦しましょう」
「できるならその方がいいな」
「では早速安全なところまで移動させます」
ブォンと起動音が周囲から鳴ったかと思うと、艦橋の先にあるモニターが外の風景を映しだした。合わせて他の端末も明滅を繰り返す、おそらくコンシェルジュが動かしているのだろう。
しばらくしてモニターの風景が動きだしたので艦が動いた事がわかる。
全く慣性を感じなかった、どうやらこの艦を設計した世界はかなり高い技術を持っているようだ。
「どうせならこのままアルファースか地球まで送ってくれないか?」
「残念ながらそれは推奨できません」
「それはどうしてだ?」
「こちらをご覧ください」
コンシェルジュは虚空を指さす。するとそこに球体のマップが現れ、艦を球体の中心にして周囲の様子が簡易的に表示された。
驚くべきは地図の表示形式だ、それは地球とアルファースで採用されているのと同じ地図表示だったのだ。
おそらくこれも自分達にわかりやすいよう合わせてくれているのだろう。
この球体地図をみると、艦を中心に無数の赤い点が取り囲んでいる。
「この赤い点てもしかして」
「はい、あなた達を襲った蟲です。我々はベクターと呼んでいます」
「そのベクターてのは……あぁ、いい。後で聞く、今は何で帰れないかを教えてくれ」
「賢明です、あなた方の故郷があるのはここ」
球体地図の艦から斜め後ろが黄色く光った。そこがアルファースなのだろう。
「地図で見る限り大した距離には思えませんね」
「だな、あいだにそのベクターが密集してるが、さっきのでっかい大砲みたいなのを使えば突破できるんじゃないか?」
ドクターとヒデがそれぞれの見解を述べた。実際これには確かな道理があり、リオも賛同を示そうとしかけた。しかし直ぐにそれを振り払ってある仮説をたてた。
「もしかして、突破はできるけど……その先が問題なんじゃないか?」
「その通りです」
「どういう事だリオ?」
「この艦の目的だよヒデさん、そこの艦長が死ぬ前に言っていただろ? 間に合った、艦を託すって」
「ええ、ボクも確かに聞きました」
「それってさ、見ず知らずの人に艦を託さなきゃいけないほどの『ヒミツ』をこの艦が持っているんじゃないか?」
「リオ艦長、あなたは大変聡明な方のようだ。まさにこの艦は重大なものを抱えています。そしてそれを持ち帰らなければ我々の惑星、いえエーテル界そのものが危険に晒されるでしょう」
「おいおいなんなんだそのヒミツってのは」
「いやヒデさん、ヒミツってのは今は重要じゃない。要はアルファースへ向かえばそのヒミツを持ち帰る事ができなくなるってことだろ?」
「はい、ベクターの包囲はまだ緩やかですが、おそらく数時間後には艦でも突破できない規模になるでしょう」
そうなるとヒミツを彼らの惑星に持ち帰れず、エーテル界は大変な事になるというわけだ。
「仮に俺達があんた達の惑星に向かってヒミツを届けたとして、その間もしくはその後のアルファースと地球は無事なのか?」
「勿論無事とは言いきれませんが、あなた達の惑星の軍事力でも充分ベクターの撃破は可能ですので、しばらくは大丈夫でしょう。ですがそう長くはもちません。早急にヒミツを持ち帰り、我々の世界の援軍を連れて来るのが最善策だと進言します」
故郷に帰る事はできる、しかしその場合は押し寄せるベクターに抗えずに滅んでしまう。ならば故郷を救うために未開拓のエーテル界を旅するか、二つに一つ。
「今の話を全部信じていい保証はあるのか?」
全てを信じる事はできない、さっきコンシェルジュが言っていた事がどうにもひっかかるのだ。
何故彼は、地球とアルファースの軍事力を知っているのだろうか、これもデータベースから? いやただの民間シャトルのデータベースには軍事力までは記載されてない筈だ。
ここを突っ込むべきだろうが、判断材料が余りにも足りないので頭の隅に置いておこう。
「信じる保証も根拠もありません。ですのであなた達が故郷に帰りたいのなら連れていきます、ヒミツを持ち帰ってくれるのでしたら持てる全てでサポートします、どちらも選ばずに盗賊になるのでしたらこの艦を爆破します」
もしリオ達が犯罪者だった場合はそうするつもりだったのだろう。
信じるか、疑うか。決断をくだすのは艦長に選ばれたリオ。
僅かな逡巡を経てリオは答えをだす。
「ごめん、ドクター、ヒデさん。俺と一緒に旅をしてくれ」
その答えが示すものは一つ。ドクターとヒデはお互いに目配せをしてから返事をする。
「ああ、乗りかかった艦だ。付き合うぜ」
「ボクも未知の世界の医療技術には興味あります」
「ありがとう」
――――――――――――――――――――
安全地帯に入ったところで、リオはある提案をした。それに意義を唱えるものはおらず、即座に実行される事となった。
後部ハッチが解放されて格納庫がエーテル界と繋がる。格納庫には百七十個のカプセルが並んでおり、それらを一望できる部屋にリオとドクター、ヒデとコンシェルジュがいた。
「今ここに、彼等をエーテル界へと還す」
並べられたカプセルが浮かび、エーテル界へと流れていく。
カプセルの中には艦で死んでいたかつてのクルーが納められており、これは彼等の習慣に倣ってエーテル葬というものをしているのだ。
エーテルに身を晒すと、数日をかけて分解されてエーテル界へと還元される。そしてまた違う世界で新たな生命として生まれ変わるのだという。
この考え方は地球にもアルファースにもある、きっと彼等も似たような歴史を辿ったのだろう。
「助けてくれてありがとう、そしてさようなら。名前の知らない友人達」
カプセルが全てエーテル界へと流れたところでハッチが閉まり、減圧が開始された。
「全員、黙祷!」
目を閉じ、死者を悼む。
そして目を開く、そこにはもう漂流していた避難民の顔はいない、いるのは未知の世界へと身を投げ出した冒険家達だ。
「みんな、準備はいいな」
この艦には名前があったが、生憎それは地球やアルファースの言葉では表現できない単語だった。それゆえ急遽新しい名前を付けることにした。
「W.E.Sガリヴァー、発進!」
ガリヴァー、それは地球で有名な冒険小説の主人公からとった名だ。数多の摩訶不思議な世界を旅する面白おかしくも風刺の効いた物語、自分達も数年後には面白おかしくこの事を話せたら良いなという希望を込めた。
「それじゃあ始めようか、故郷への長い旅を。なぁに、ちょっと寄り道して帰るだけさ」
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