幻想小曲集30話目までのおはなしたち

missing beatz(ガールフレンドエクスペリメントver)

 2月2日。

 ああ、くそめんどくさい。

 ボクは心の中でそうグチりながら、目の前の死体を片付けてる。

 それを見ながら、妙齢の女性がゲラゲラ笑いながら言う。

「なーに辛気臭い顔してんのさ。この世は楽しい事しかないんだぜ?」

 ボクはそれにため息で返すと、死体を担いだままその場を離れる。後ろからは彼女の高笑いが聞こえる。ボクはそれを無視して、死体を洗浄している。

 これは血やら肉塊なんかをきれいにする為だけど……正直あんまり触りたくないんだけどね。一応、これが仕事だし仕方ない。ボクも早く帰りたいから手際よくやってしまおう。そう思って作業を進めてたら、いつの間にか後ろに彼女がいた。彼女はニヤニヤしながらボクを見ている。


 2月3日。

 軽い頭痛で顔をしかめながら、ニューラグーン警察捜査官のタカシは事件現場にやってきた。

 どうやら、念入りな証拠隠滅の結果、性別すらわからない死体が発見されたという。

「ところで、つらそうですけど、どうかしたっスか?」

 後輩捜査官の亜季に聞かれたタカシはこう答える。

「実は昨日の夜からずっと偏頭痛が酷くてな、今日も仕事をサボって寝ておけばよかったと後悔しているんだ」

「いやいや! そこは仕事してくださいっスよ!」


 2月5日。

「さあ、次はどいつにゃ!」

 AS(アームドスーツ)の戦闘訓練で、ある猫が無双している。

「にゃんか、いつもより激しいにゃ、どうしたんだろにゃ?」

 先に倒されて、休憩してる猫に、わけ知り顔の事情通が答える。

「あいつの友達が亡くなった日らしくて、辛さを少しでもやわらげたいそうだぜ」

「へえ、そりゃご愁傷様だにゃあ」

「お前は気にならんのか? 友達なんだろ?」

「まあ、俺とあいつの仲だからにゃ」

「ああ、お前はそうだろうよ」

 話を聞いていた猫が、ふと疑問に思う。

「それにしても、にゃんか変なテンションにゃ気がする」

「そうかい、気のせいだろ?」

 ポンと肩を叩かれた猫は、それでも首を傾げる。

 

 2月7日。

 単純なことだよと、尋問者は言う。

「大門駅でだれと接触して、どんなモノを渡したか、言ってくれないかな。キミが必要な情報を教えてくれたら、解放されるんだよ?」

 拷問され、ボロボロになっている男は、それでも唾を吐いて

「クソ喰らえ」

 と、尋問者を睨みつける。

「そうか」

 つまらなそうに尋問者は呟くとパンッ! 銃声が響く。

 男は血を吹き出し絶命する。

 そして尋問者は淡々と仕事をこなしていくのだった。


 2月9日。

 ハムサンドをムシャムシャ食べている杏を横目に夏緒は知り合いからの電話の応答をしている。

「ああ、わかった。多分それで良い」

「なんの話してんだい?」

「なに、どっかのアホがロクなことしなかったんでどうしたもんかって相談されてね」

 それを聞いた杏は興味なさそうに言う。

「ふーん、まっいっか。それよりさぁ今日何食べたいか希望ある?なんでも作るよ」

 その言葉に少しだけ考え込んで夏緒は言った。

「そうだねぇ……じゃあ久しぶりにオムライスでも頼もうかな?」

 すると杏の顔がパッと明るくなった。

「ホント!?やった〜!ボク、あれ得意なんだよね〜」


 2月10日。

 前髪垂らした怪しい猫が便所の窓からこちらを覗き込んでいる。

 大の方にいた男はビックリ。

「うわ、なんだよ!」

「にゃんだとは失礼にゃ、そっちから呼んだくせに」

「ああ、まあ、そうなんだけどさ……」

 男の頭の中でいろんなものがぐるぐると回り始める。

 しかし一体どこから見てんだこの猫……とか思っているうちにまた別の疑問が生まれる。

(どうやって外から覗けてんだ?)

 ここは三階である。

「おい、あんたなんでここにいる?」

 男が問いかけると猫はふっと鼻で笑って答えた。

「我輩にかかればこの程度容易い事にゃ。で、なんの用かにゃ?」

「ああ、そうだ。あのさ、ちょっとお願いがあるんだ」

 男は猫に神妙な顔で言う。

「あんたなら『掃除屋』と連絡が取れると聞いてね」

 猫はニンマリと笑ったようにも見える顔でこう返す。

「そいつは、お安い御用だにゃ」


 2月11日。

(やっぱりこうなっちまったか)

 血溜まりの中、男はそんなことを思った。

 アコギなことをして、のしあがろうとしたものには、お似合いの末路だろう。

 ショートカットの耳付き少女がブツクサ言いながら、『清掃作業』をしている。

 男はささやくような声で言った。

「……悪かったな」

 少女の動きがピタリと止まる。そして男を見やったあと、無表情に言った。

「謝るのはあたしじゃなくて、死んだやつらにだろ?」

 そう言うなり背を向けて、割れたガラスを片づけたり、ゴシゴシ洗浄している。男は何も言わなかった。

 ただ、最後に自分の手を見た。

(ああ……汚れちまってるよなぁ)

 そんなふうに思う男の脳裏に浮かぶのは、ひとりの男の顔だった。

 かつては戦友だった友。今も傭兵だそうだと風のウワサで聞いた。

 意識が失われる瞬間、男はこう思った。

(いつかまた……会おうぜ)


 2月13日

 落花生をモグモグ食べているエラスムス氏に、旧知の知り合いから連絡が来た。

『清掃業者から、例の件が終わったと報告がきてね』

「そうか……」

 つまり、共通の戦友を殺したやつに落とし前をつけた、ということだ。

 エラスムスは携帯端末を切ると立ち上がった。

『それじゃ、俺は帰るよ』

「うん。今日はありがとう」

 そして通話は終了した。

 しばらく立ったまま黙祷していたエラスムス氏は、落花生を持って室内に入ろうとした。

 その直前、空を見て、こう呟く。

「ようやく、全部終わったにゃ……」



 2月14日

「わあ、ありがとう!」

 ボクが喜ぶと、チョコレートをくれた彼女も嬉しそうに言う。

「喜んでくれて、わたしも嬉しいですわ」

 うんうん、バレンタインデーのチョコはやっぱり女の子同士で交換するのがいいよね! てっ、女の子なのにもう紙袋1つくらいあるんですが?

 さすがにこれだけ多いと食べきれないよ……。

 そんなことを考えていると、彼女はさらにこんなことを言い出した。

「……それで、あの、お返しなんですけど……」

「え?」

 お返し? ホワイトデーのお返しってことかな?

「あーっ!?」

 そこでボクは気付いた。

 そうだ、去年はホワイトデーのことをすっかり忘れていて、彼女に何もしなかったんだった。

「ごめんね! お返しちゃんとするから、待っててね!」

 今年こそは忘れないようにしないと! 何より、去年の分も含めてしっかりお返ししてあげないとなあ。

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