宵崎家の遺産
大陸の南にある長靴というかブーツの形をした半島を中心とした地域をニューラグーン地方という。皇国と共和国に挟まれた帝国の飛び地で、その地理上の問題から、国家連合警察の管理下をへて、現在はニューラグーン自治州となっている。
州都は同名のニューラグーン市で、東西北を山で囲まれ、南側が海である天然の要害として知られていた。なぜここが州都であるかというと、時康の孫である頼通がニューラグーンの領主として赴任した際、家臣である氏胤から
「ここは敵地に囲まれてますにゃ、守りやすいここがよいですにゃ」
と、紹介され、ここを中心に政務を務めたことからである。
ニューラグーンは古くから秋月国からやってきた開拓民がいて、伝説によれば秋月国内の権力闘争に敗れた朝比奈為朝がこの地に一大勢力圏を作ったという。
その後、15年にわたる抗争の末、為朝の子孫であるという朝比奈秀衡が勝利をおさめ、以降3代100年にわたってニューラグーンに君臨した。しかし3代国衡が頼通率いる帝国軍に攻められ、滅亡。帝国の統治下に入る。
このとき、朝比奈一族の尚というものが、駿江島に退避して
「ここに、われらの新たな街を築く」
と、戦乱から逃げてきた民とともに、江府という街を造った。
尚は帝国との融和を選択し、江府は大陸と南洋諸島双方の玄関口として栄えることになった。
一方、ニューラグーン市を本拠にした帝国は、この地方の統一事業を始める。代官に任命されたガンボックという猫が頼通を助けて、獅子奮迅の働きをした。かれは富国強兵に力を注ぎ、帝国外の諸勢力の協力をもらうために仲介や紛争の派兵などに努めて、かれらの好意を得た。やがて、この地は3ヶ国の係争地となり、いまでは3ヶ国それぞれの『ニューラグーン州』が成立し、連合警察の下部組織であるニューラグーン支庁、通称『ニューラグーン警察』が治安維持と利害調整を努めていた。江府と駿江島は帝国の管轄である。
「ねえ、エロ動画の見過ぎだよ!!!」
同居人にそう言われた男は、振り返ってこう返す。
「ああ、気づかなかった、ごめん」
「いやいいんだけどね、そんなことよりもう出勤の時間だよ」
「わかった。……こんなこともあろうかとスーツで良かった」
「ほんと、こいつは……」
ガヤガヤと雑踏をかき分けて、男が歩いている。
ドン!
「すみません」
「こちらこそ、気をつけてなくて」
そのまま、立ち入り禁止のロープの中に入った。
「ああ、枝川さん、もう現場に出ていいんですにゃ?」
と、制服を着た猫警官に言われた枝川は、こう返す。
「うん、始末書書いておしまいって感じ」
「へえ、女性絡みの不祥事でそんな軽い処分だったんですにゃ」
「まあ、直後にそれどころじゃなくなったからね」
猫警官に軽く揶揄された枝川は、苦笑しながら返す。
枝川は連合警察ニューラグーン支庁、通称ニューラグーン警察所属の捜査官だった。しかし、とあるスキャンダルで駿江島へ栄転という左遷になる。現在はここ駿江島で数少ない重要事件を捜査する仕事についている。
「それで、どうしたの?」
と、枝川に聞かれた猫警官は、こう返す。
「つい先日、この島最大の宵崎銀行で強盗がありにゃしてね、まあ本土の連中があらかた調べた後始末ということですにゃ」
猫警官と話しながら、枝川は犯行現場である銀行の中に入り、ある金庫の前に立った。
「ここで?」
「はいにゃ、証言者によると、強盗がなにか作業していた音がしてたとか」
「どんな音?」
「ドリル音とか、とにかくいろいろですにゃ」
「ふうん」
と、相づちを打ちながら、金庫の中に入る。
そこは事件当時のままになっているのか、とてもぐっちゃぐちゃになっていた。
「うわあ、めんどくさそうだなあ……」
「はいはい、わたしも手伝いにゃすから」
「つうわけで、いろいろ調査したわけですよ」
「それで、なんでわたしにワザワザ報告するかね?」
と、訊いたのは連合警察の支所長。
「実は、あんだけ大規模な強盗だったのに、貸し金庫の小さな箱の中身しか盗んでいないのが、不思議だったんですけど。むかし、大戦期にあった獣人狩りのときに、一部の裕福な獣人が宵崎家経営の銀行に保管して、戦後もそのまま……」
「わかった、わかった、あとはわたしに任せてもらおう」
と、枝川の話をきいて、支所長は手を振って、そう返す。
「おかえり、なんかプレゼントは?」
「そんなんないよ」
ガサゴソ
「そんなこと言って、ポッケにペンダントなんて入れてんじゃん、隠し〜??」
「いや、どこで入ったんだろな……」
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