学園都市交友録

ガタンガタンガタン……

『学園都市駅に到着しました。降りられる方は左側のドアからお降りください』

 電車から降りたショートカットの少女はアクビをしながら言う。

「ふぁーあ、ようやく帰ってきたねえ」

「日帰りでそんなテンションにならないでしょ」

と、いっしょに降りてきた少女が返す。

「でも、楽しかったでしょ」

「うん」

 2人は仲良く笑いながら、フォームの階段を降りる。


 凪島は南洋諸島にある島の1つで、主要都市は久川市である。南洋諸島で数少ない雪の積もる島として知られている。

 久川市内には、鉄道と地下鉄が3路線通っており、それぞれ『東西線』『南北線』『学園都市線』という名前がある。そのうち学園都市線は通学する学生から、仕事でいったりきたりしてる人、何処かに遊びにいく人、郊外にある港に駅がある関係で観光客といった、さまざまな乗客がいることで知られている。

 そして、久川市の郊外に学園都市がある。ここは、本来センター的役割の内ヶ島が手狭になってしまったため、いくつかの施設や機構を移転したことにより、世界中にある学園都市の中でも屈指の広さと設備を誇り、世界中からさまざまな者たちが集まっている。ここと内ヶ島、帝都にある3つの学園都市が『3本の弓』と呼ばれるほどである。


  霧島拓海は何者かと言えば、『学校の何でも屋』である。

 例えば、ある日のこと。

「なに、カノジョが不良にたかられてる?」

「ええ、カツアゲとか万引きをやらされたり、タイヘンなのにゃ」

と、耳付きの少女が不安アンニュイそうに返した。

「おう、任せな、何とかしてやる」

「ありがとにゃ」

 というわけで、いま拓海の前には絵に描いたような不良が3人いた。

「ということで、もう彼女に付きまとわないでくれるかな?」

「そう言われてはいと言うとでも?」

 不良たちは顔を見合わせて、ヘラヘラ笑った。すると拓海は校舎のカベにおもむろにパンチする。

バカン!!!!!

 するとカベにコブシがめり込んでしまった。しかも拓海のコブシは無傷。そして彼女は、こういう。

「もう一回だけいう、彼女に付きまとうな」

 唖然とした不良たちは

「わ、わかった」

と、冷や汗をかきながら返す。

「……というわけで、もうあいつらはキミのカノジョにあわないぜ」

「拓海ちゃん、ホントにありがとにゃ」

 心の底から感謝する少女に、拓海は照れ笑いしながらこう返した。

「いいってことよ」


 またある日のこと。

「なに、イヌを捜してほしい?」

「うん、散歩してたら、どっかにいっちゃったの。心配で心配で、授業に手もつかないわ」

「で、どんなイヌだい?」

「写真があるわ。……これよ」

「わかった、捜してみるよ」

と、拓海が依頼者が散歩していた道をたどっていくと、ちょうどそのイヌが蒸機馬車に引かれそうなところに遭遇した。

「あぶない!!!」

 拓海は蒸機馬車の前に仁王立ちすると、蒸機馬車がキキィと止まる。

「なにやってるんだ、あぶないだろ!!」

「すまないね、イヌを助けようとしたんだ」

と、イヌを運転手に見せる。

「……ホントだ、ありがとよ、あやうく引くとこだった」

 運転手が謝ると、拓海は手を振りながら返した。

「いいってことよ、おたがい気を付けようぜ」


 さて、そんな拓海だが、なぜこのようないわゆる『何でも屋』みたいなことをしているのか?

 それには、彼女の生い立ちを語らなければならない。

 拓海が物心ついたころから、彼女には不思議に思うことがあった。

 彼女の母親はいわゆるシングルマザーで、女手一つで拓海を育てていた。しかし、拓海の母は働いてなかったにも関わらず、なぜか最低限暮らせていた。さらに言えば、彼女が進学する際も、学生用の保険や基金を一切使わず、自費ですべてまかなえていた。

 母はいったいからそんな金を得ていたのか?

 そんな疑問はある日、母と拓海の父であるという存在との逢瀬を見てしまったことで氷解する。つまり

・母はジングルマザーではなく、今も父と夫婦である

・父はあちらこちらに愛人を作り、母が拓海を産んで以来、母に会うことがなかった

ということを、拓海は知ってしまった。

 普通なら心に闇を抱えてしまったりすることだろうが、拓海は

「母さんみたいなヤツがいたら助けよう」

と、決意した。こうして『学校の何でも屋』が誕生する。




 さて、その拓海の知り合いにこんな者がいる。

  聖ニコライ学園は150年ほど前にニコライ神父が設立したいわゆるミッション系学校である。

 その学内には礼拝堂があるのだが、そこで女子学生の死体が発見された。

死体はベンチに座らされていて、さながら秋の紅葉もみじのように周囲に血がばら撒かれていた。

「ほうほう、春道列樹ですか」

と、そう言った、まるで捜査員のようにそこにいる男に、ホントの捜査員が思わず聞き返す。

「え、なんですって」

「知らないんですか、『山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり』って百人一首の歌」

「知りませんよ。つうかあなた誰?」

「ああ、すまんすまん」

と、あらわれたのは、馬みたいな顔の男。

「あ、栗林検事」

「わたしがよんたんだ。名前は……」

「法原林五郎です、よろしくお願いします」

 紹介された男、林五郎はそう言って会釈した。


 法原林五郎は探偵である。栗林検事の依頼で数多くの事件を解決してきた。


「タイヘンですにゃ!!」

「どうした?」

「新たな被害者が」

と、言われて現場に急行したかれらは、同じように紅葉のように血を散らばらせた女学生の死体を発見した。

「彼女は?」

「ええと、最初の被害者の友人で、2人の関係を聞いたばかりでしたにゃ」

「なるほど」

「法原くん、なのかわかったのかね」

「ええ、これは合わせ技ですね」

「??」

「『ちはやぶる神世も聞かず館田川からくれないに水くくるとは』と『恋すてふ我が名はまたぎ立ちにけり人知れずこそ思いそめしか』の合わせ技ですよ」

「???」

「つまり、彼女が犯人だ、少なくともそう自白してる」


 曇天の雨のなか、葬列が歩いていく。探偵法原林五郎と栗林検事もその葬列の最後尾にいた。

「それにしても、なぜ彼女はあんなことをしたんでしょうかね?」

 栗林検事の質問に、林五郎は首を軽くふって、こう返す。

「さあ、天才の考えることなんて、わたしたちにはわからんのでしょうな」

「そういうもんですか」

 そんな会話の間にも、葬列は続いていく。




 また、こんな新入生がいる。

  なぎ島は、秋月国を構成する3つの島々の1つで中心都市は久川ひさかわ市である。

 その市内に、島外から移り住んだ人々が集まってできた地域がある。そこはジョージ・エリオットの作品から名前を取って『ミドルマーチ』と呼ばれている。

 マルタがこの地に来たのは、春の足音が聞こえてくる3月末のことだった。

 彼女がなぜこの地に行くのかというと、ミドルマーチにある全寮制の学校に通うためである。

 さて、道中に乗った蒸気船でマルタはある少女と同室になった。

 「あなた、お名前はなんていうにゃ?」

と、マルタが訊くと、少女はおびえたようにオドオドしながら

「キ、キキョウですぅ……」

と、名乗った。

 少女が怯えた風にプルプル震えているのを、四苦八苦しながら話していくと、2人が同じ学校に通うということがわかった。

「へえ、そうなんにゃ」

 しばらく考えるそぶりをみせたマルタは、だしぬけにこう提案した。

「じゃあ、わたしたち、友達になりましょうにゃ!」

「ええ……」

「そう、それがいいにゃ」

と、1人納得してるマルタを、キキョウは困りながら、しかしうれしそうな、複雑な表情をしている。

「ね、きみもそうおもうにゃね?」

「う、うん……」


 やがて、蒸気船はレンガで作られた倉庫か、立ち並ぶ港に到着した。

「学校でまた会えるといいね、ばいばーい」

「うん、ばいばい……」

 キキョウとわかれたマルタに、迎えに来た人の中から『マルタさま、こちらです』と大きく書かれた紙を持ったメイドが話しかける。

「こちらです、こちらです!!」

「わかったから、その紙下げてー!!」

 マルタとメイドは、蒸機馬車に乗って、ある邸宅へ向かった。母の弟で成功して財をなしたカソーボンおじさんの家である。

 カソーボンおじさんは面白味のないのだけども、その家も実直質素な感じで、正直特筆すべきことはない。

「ホント、何もないわね。……暇だにゃ」

と、マルタはグチりながら、頬杖をつく。

「はいはい、明日き初登校ですよ、お休みなさい」

「はあい」

と、メイドに言われて、マルタはベッドに潜り込む。


 翌日、マルタは学校の入学式で、校長の長々と延々続くお話(かつて帝国であった戦いについて)を聞かされるハメになった。

「……つまり剣星隻眼のウェイブは、ここで過去を許したわけです。それは当時も現在もできるものはいないことでした」

 それにヘキヘキとしながら、ようやく終わると、さっさと寮の自室に初めて入った。

「あー、疲れたにゃ」

「あ、同室の……。あれ?」

「キキョウちゃん!同じ部屋だったにゃ?!」

と、マルタはキキョウに抱きつく。

「これから、よろしくお願いにゃ!!!」

「よ、よろしく……」




 最後はとある猫の体験談。友人とのたわいない話で終わろう。

 …… 学園都市立戸沢高校の図書室には、主と呼ばれる少女がいるという。

 こう書くと、深窓の令嬢風の儚げな少女を想像するだろうけど、実際はまあなかなか痛烈な女傑アマゾネスである。

 さて、ある日。

「あーい、なついるかい?」

「喚かなくてもわかるよ、阿呆」

 図書室にやってきたのは、あんりという名前からほほど遠いチャラ付いた野郎みたいな少女、つまりはボクである。

「ヒドイな、いいもの持ってきたのに」

と、杏が持ってきたのは大戦たいせんヒストリーダイジェストと書かれた分厚い本だった。

「おお、これは……」

 夏緒が杏を無視して、本を読みだすのに時間はかからなかった。

「え?ちょっと待って!反応薄い!」

「うるさい、今この本を読むので忙しいんだ」


「じゃあ、その本貸してあげるから読んでね」

「ん、ありがとう。後で返す」

「ちょっ、ちょっとぉ~!!」

ボクの叫び声など気にもせず、読書を続ける夏緒を見て、ボクも仕方なく自分の課題を進めることにした。


「うわぁ~、すごい……こんな戦いがあったのか」

しばらくして、夏緒の感嘆の声が聞こえた。

どうやら読み終わったらしい。

「ふふん♪そうでしょう、そうでしょう」

「確かに面白いし、勉強になるな」


「そうでしょう、そうでしょう……って違う!!感想は!?」

「ん、ああ面白かったぞ」

「ち・が・う!!なんで歴史に興味ないの!?」

「だって興味ないものは仕方ないだろう」

「ぐぬぅ……」

言い返せない……。

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